dream


□灰かぶりの少女
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ザワザワと賑わうテントの中では
終わったショーにまだ興奮を隠しきれない
大勢の観客で溢れかえっていた。


いつもは案内せずともあっという間に空になっていくテントも
今夜ばかりはキャスト総出で観客たちを外へと押し出していく。




主役の彼女が舞台から降りて観客席近くを移動すると
皆は盛大な拍手を贈る。





「実に最高だったよ!」



「お疲れ様!」



「次も楽しみにしているよ!」



「本当に夢を見ているみたいだったわ!」






“シンデレラ”の恰好をした彼女は
キャストやまだ残っている観客達に
丁寧に深々と“それらしく”お辞儀をする。






「皆さんの想像力があってこそ、
私のショーは成功しました。
私だけの力ではありません、見てくださってどうもありがとう」






彼女の微笑みに「本当にこりゃ本物だ」と呟き
うっとりして倒れる男に
クレハはクスッと笑う。




実は彼女は【妖精の誘惑】と呼ばれる
魔法界でホレ薬と並んで人気の香水を吹きかけていた。


この香水は相手を惚れさせることはできないが
その人本来の持つ魅力を最大限に引き出してくれる。

まぁ、多少日本のプリクラのように相手の目には可愛く盛られるが…



この香水に使われているブルーフェアリーの粉は魔法界でもとても貴重なもの。

世界で最も高価なもので、【王妃の香水】と謳われるほどだ。
金貨何十枚どころではない。


ちなみにこの香水はルシールをいじめていた
スリザリンの上級生から取り上げた。

あんな奴が金持ちだなんて、マジでアバタケダブラ。
(使ってた割にはアイツはブスだったけど)




懲らしめた上級生の事を思い出し笑いしていると
クレハは、香水の効果が切れかけているのを肌で、香りで感じ取る。


(ここで効果が切れたら不審がられてしまう…)


残った人たちに少し名残惜しそうに別れを告げて
控室に戻ろうとバックヤードへ少し急ぎめに足を運ぶ。


ところが
少し駆けだした所で突如、小さな何かに腕を引かれ転びそうになってしまった。








「おっとと…うん…?」






後ろへ振り返ると
そこには可愛らしい、大きな目をした三つ編みの少女がいた。



動物が大好きなのだろうか、
胸のベストには沢山の動物のピンバッチがついており
可愛いキリンのぬいぐるみを抱えてこちらを見つめている。






「どうかされましたか?小さなプリンセス」





腰を低くし、優しく話しかけると
彼女は目に沢山の涙を浮かべクレハにだきついてきた。





「お願い、プリンセス!私の願いを叶えて!」




飛び込んできた小さな少女は
お願い…と震えながらポロポロと泣き出してしまう。



そんな少女にあわあわとクレハは焦りだす。




「ねぇ、何があったの?
ゆっくりでいいから話をしてくれるかしら?」




彼女は小さくこくり、と頷くと
かわいいぷっくりとした震える唇を慎重に、ゆっくりと動かしだす。





「あのね…実はっセイディーが…」




「セイディー?」




彼女が話し出そうとした丁度その時
両親だろうか、額に大量の汗をかきながら
大慌てで女性と男性がこちらに掛けてきて
彼女を抱きかかえる。






「ローリ!!探したじゃないか!!」






「勝手にいなくなるなんて!
ママ達がどれだけ心配したと思っているの!」





ごめんなさい…と彼女がションボリ落ち込むと
両親はキスのシャワーを嫌がるほど彼女に浴びさせる。


そしてクレハの方に向き直り彼女に謝罪した。





「ごめんなさい、この子ったら…
先程のショーを見てどうやらあなたを“本物”と思ってしまったみたいで…」




「いやぁ、我々も最初は驚きました。
実に巧妙な仕掛けでしたね、お見事でした!」





ありがとうございます、とお辞儀をするクレハの横で
その言葉に少女はムッとし




「プリンセスは本物よ!!」




どうして信じないの!と彼女はプリプリ猛抗議をする。



そんな彼女に両親は




「あれはハッタリよ、マジックはそういうものなのよ。」




と夢にもないことを平気で言ってしまう
そんな母親に、関係のないクレハまでもカチンときてしまった。




あー…ゴホン。





「あの、お言葉ですが…

私は彼女のいうその“本物”でございますわ
子供の前でハッタリなどと言わないでくれませんか」





「「はい・・・?」」





その言葉に両親は、口を大きく開けて目を見開き
お互いの顔を合わせると
(あの人イカれちゃってるの?)と頭の上でジェスチャーを出してきた。



正直ぶっ飛ばしたい気分だったが子供の手前我慢した。(自分も子供だが)






「ね、ローリだったかしら?」



「うん…」




「魔法とはね、疑う者には見えない繊細な物なのよ。」



「そうなの?」




「えぇ、だからね
ママとパパの話を聞いてもあなたは信じてくれる??」




そっと手を差し出すと
彼女は力強く頷きながら手を重ね返してくれる。




「もちろんよ!」




そんな二人に「黙って聞いていれば!」と、
顔を真っ赤にした母親が割って入ってきた。





「ちょっと、子供に変に期待をさせることをしないで!」




どうせ子供だましでお金でも取るつもりなんでしょう?



いやしい商売なんかして!




先程とはえらく違う態度で
掴みかかる勢いで迫ってくる母親を
まぁ、落ち着けよと父親が必死で押さえ込む。





「すまないね、娘の願いは事故で足を無くした愛犬のことなんだ。
こればっかりは、医者でもどうにもならないことだ…」





「そうだったんですね…」




てっきり小さい子供の願いなど、
ぬいぐるみやお菓子が欲しいだのプリンセスになりたいや
おもちゃを直してほしいだとか
そんなものだと思っていたクレハは少し気が重く感じてしまう。





「でも、プリンセスにならできるでしょ?」




「こら、ローリ。彼女を困らせるんじゃない」




帰るよ、と両親に腕を引かれ残念そうな顔をする少女に
居た堪れなくなったクレハは優しく声を掛けた。





「もちろん治せるわよ」




その言葉に、両親の腕を振り払い満面の笑みで彼女はクレハの元へとまた駆け寄ってくる。




「本当!?」




「ちょっと、あなた!!」




「事実よ、本当に治せる。」




ただし…とクレハは話を続ける。





「傷を治すのは容易いわ。
でも骨を生やすとなると時間も少しかかるし
なによりセイディー本人も少しの間痛みに耐えないといけないわ」




それでも良いというのなら…と
クレハは拡張魔法が掛けられたポシェットからとある小瓶を三種類取り出した。


これは以前、クレハがホグワーツの医務室からくすねてきた【骨生え薬】だ。
おわかりだろうが名前の通り、骨が生えてくる。


そしてもう一つは夏休暇中に研究した筋肉などの身体の一部を再生させる薬。

学校に提出しようとしていた自由課題だったが
この際、誰かの為になるのなら構わない。
(スコーピウスの腕を一本増やしてやろうと楽しみにしてたけどさ)


最後はシンプルに痛み止めだ。





「これは人間用だからね、彼女にはご飯に毎回一滴だけをまぜてあげてね」



クレハは3つの瓶を彼女にそっと手渡す。
目の前の少女は、少し難しそうに考えるも





「わかった、ありがとうプリンセス!」




少女は大きな返事をすると
満面の笑みでキリンの首にあるチャックを開け
小瓶をしまい込んだ。


(それ、ポシェットだったんかい…)


キリンの首ははち切れそうなくらいにパンパンに膨らんでいた。



そんな少女に申し訳なさそうにクレハは耳元で続けて話しかける。





「でもね、ローリ…ごめんなさい。
ご両親にはこのことは知られたくなかったの」




「え?」



「今のこの記憶だけちょっと消させてもらうわね」




クレハが杖を取りだし
彼女の後ろにいる両親に向けて呪文を唱える。





『オブリビエイト』




すると両親は一瞬立ちくらみのようになり
クラッとするもすぐに気はしっかりとし、


「あれ?何んでこんなとこに?」


と二人して首を傾げ動揺している。






((すごいわ、今魔法をかけたのね!))

((ふふ、薬のことは絶対に内緒よ?))

((うん!))






「あぁ、そうだわローリを探していたのよ」




「全くこんな所にいたのか」




「ごめんなさい!早くお家に帰ろう!セイディーに会いたいの!」



「まぁ、ローリったら」




なんだなんだ?えらくご機嫌じゃないか?
両親は元気になった彼女の姿を見て嬉しそうに笑う。
三人は、幸せ親子の図のように仲良く手を繋ぎ
楽しそうにテントから立ち去っていった。





そんな家族を微笑ましく眺めていると





「おーい!姫君!こっちだ!」




いきなりカーテンの隙間からひょっこりと顔を出した
グレイから手招きをされ呼び出しをくらった。


急いで駆け寄ると疲れていたのもあるのか
慣れていないヒールで足を挫き
倒れそうになるも、グレイがしっかりと受け止めてくれた。

大丈夫か?と彼は大事なものを扱うように
優しくエスコートしてくれる。


こういう所は紳士だな…とクレハは密かに関心する。






「お疲れ様!想像以上だったよ…
今晩だけでもきっと各地で名が知られるぞ!」




「ありがとう、グレイのパフォーマンスも素敵だったわ」




「ハハッそれはどうも!」





それでだが…



グレイがカーテン奥の控室から
とあるアンティークボックスを持ってくるとそれを彼女にそのまま渡した。



「ほれ」



「はい、っ…て、おンもっ!!!」




その箱はかなり重みがあり
重いものを渡されるなど予想していなかったクレハは一瞬ひっくり返して中身をぶちまけそうになる。

箱を持ち直して「これは…?」と彼に尋ねてみると
『開けてみろ』と目で合図をされる。



((なんか、飛び出したりしないよね??))



恐る恐るその年季の入った箱をそっと開けてみると…







「これは…?」




「今夜の君の報酬分だ」




「えっ…こんなに!?」





そこには普通のアルバイトでは考えられないほどの金額が箱に収められていた。


真ん中には札束、その周りには硬貨がギッチリと詰められている




「こんなに観客が集まったのは久しぶりだった。
まず、君のような若い少女がマジックをすること自体が珍しいからね。
皆興味を持ってくれたんだろう」




君のおかげで私までまた、夢を見る事ができた。


満員の観客、耳を塞ぎたくなるほどの
拍手喝采…何十年ぶりか・・・・





「ありがとう、クレハ
もし君がこれからも続けてくれるのなら嬉しいよ」



「そんな、私こそ…
働かせてくれてありがとう。この仕事がすごく好きになりました」




もちろん、続けられる限りやらせてください



彼女が手を差し出すとグレイは、ふっとやわらかく微笑みながら握り返してくれた。






「おっと、若い子をこんな時間まで働かせてごめんよ。家まで送るよ?」




「あ、えーと…大丈夫です!近いので!」




「でもご両親が心配してるだろ?」




「…イトコが迎えに来てくれるので」



「?そうか…じゃあまた、明日はゆっくり休むと良い。次はいつ来れるかな?」




「えっと…あとでふくろう送ります!」





彼女はそう返事をすると、急いでバックヤードへと姿を消した。


丁度バックヤードへたどり着くと同時に
香水の効果はきれた。





「ふぅ、セーフ。目の前で効果がいきなり切れたら不審に思われるところだった…」




クレハは床に座り込むと自分の腕の中にある箱を軽く振る。
かすかに聞こえるジャラジャラとした音に
彼女は思わず頬が緩みニンマリと笑う。







「早く帰ってダリルに美味しいもの食べさせてあげなきゃ…」




彼女は誰も近くにいないことを確認すると
愛しい小さな彼の笑顔を想像しながら
バチンッと音を鳴らせ、会場から跡形もなく消えて行った…










その頃…グレイは観客席に座り込み
彼女が残していった言葉に頭の中が支配されていた。





「ふくろう…???

ふくろうを送るって一体なんのことだ…???」








彼は一晩中このことだけを考え眠れなかったそうな。



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