dream


□灰かぶりの少女
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はぁっ…はあっ…!!!





急がない、と…クレハが…





クレハが…!!







緑に囲まれたいつもの風景は
彼の自宅に近づくにつれて、
知りたくもないのに目で、鼻で、最悪の状況を感じ取らせてくれる。






「焦げ臭い…木の燃えるニオイ…」




だいぶ燃えてるはずだ…




ゲホゲホと漂う煙にむせ返りながら彼が必死に走っている間にも
どれだけのやじうまとすれ違ったのであろうか。




本気で心配する近所の者



まるでサーカスや遊園地を楽しむかのような笑顔でそれを見に来る者。



迷惑だ、と嫌な顔をする者…




しかしそんな彼らを気にする余裕もなく
彼は息をするのも忘れるくらい必死に走った。



そして
家の前に辿り着いた少年は
真っ赤に燃え、朽ちてゆく自分の家を見て言葉を失う。






「全部…燃えてる…」





彼が呆然と立ち尽くしているその間にも
広がる炎で玄関の柱が焼け落ち、その弾みで家は軋む音を立てながら簡単に崩れていく。



消防士達はこれ以上の被害が出ないよう必死で食い止めるが
止まることを知らない悪魔のような炎はとうとう周りの木々まで飲み込み始めた。



そんな時だった。


崩れた家の中から女性の劈くような助けを求める叫び声がかすかに聞こえた。

彼はそれを聞き逃さなかった。






「…クレハ?

クレハ!!!まだそこにいるの!?」






「まだ誰かいるのか!?君の家族か!?」





「彼女かもしれない!
助けて!!僕の大事な人なんだ!!」






「おい!まだ中に人がいるぞ!女性だ!!」






一人の掛け声によって、
消防士達は一部に集中して必死で食い止めようと放水を始める。


しかし、一人の男が中へ突入しようとするも、燃え上がる炎があまりにも激しく、入ることを躊躇していた。


そんな彼らの姿を見てじれったく感じたダリルは
バケツの水を被り、自ら家へと走り出した。







「何をしているんだ君!戻りなさい!」






「いやだ!!自分で助けに行く!」




消防士の言葉など一切聞き入れずに
ダリルは無我夢中で炎の中に向かい走りだした。

燃え盛る炎の中飛び込む彼は恐怖など一切なく
まるで勇敢な獅子になったような気分だった。




「彼女を失う以外に、怖いものなんてあるかっ…!」




やじ馬の騒ぐ声、自分に向かい叫ぶ消防士達の騒がしい音を掻き分け
中から聞こえる女性の声だけに彼は集中する。
燃える木片が彼の腕を掠めようとも動揺することはなかった。




「っ…!クレハ!クレハ!どこ!」





(〜〜〜!!)






「クレハ!お願いだ、どこにいるの!」





(〜〜〜!!〜〜〜!!)



「〜〜っち、ダリル!!!」






「クレハ!?」





声が明確に聞き取れる位置まで近づくと
その自分の名を呼ぶ彼女の元へと急いで駆け寄る。

そこには…崩れた壁に押し潰された…





「…ダリル…見捨てないでおくれ」




「母さん…」





そこには今まで見たことのない哀れな表情で
彼に命乞いをする惨めな母親の姿があった。




「愛してるよ、ダリル。お願いよ、助けて」




「今までそんなこと一度だって言ってくれたことないだろ」



彼は哀れな母親を、まるでボロ雑巾を見るような見下すような目でじっと見つめる。




「言わないだけさ、家族なんだ
気持ちで通じるだろう?本当は愛しているのよ」



「そうか。
父親に打たれているのを隣で見て笑うのも、
僕たちを見捨てて他の男に逃げるのもあれが愛だっていうの?」




「それは…」



「悪いけど…僕にはもっと大切にしてくれる人がいる」



彼は「彼女を探さなきゃ…」そう言い残すとかつてそこには扉があったであろう場所を潜り
その場をあとにする。


その瞬間、更に天井や壁はガラガラと燃えながら崩れていき
彼の母親の上に積み重なるように落ちていく。





「待って、待ちなさい!!今まで誰が育ててやったと思ってるのよ!この金喰い虫!!」




ダリルーーーーーー!!!!!!!!




その叫び声をあとに、崩れ落ちる大きな音と共に母親の声は聞こえなくなっていった。





「今までに僕たちに手を汚させて生活してたくせに…よく言うよ…クソババア」





そう毒吐く彼の頬には涙が伝い零れ落ちる。





「…なんて…ごめん、母さん。」




今まで獅子のような勇敢な心を持っていた彼ですらも
目の前で母親を見捨てた罪悪感には打ち勝てず
子供の様にその場で泣き崩れた。


幼い彼の目にも、母親は助かることができないというのが
本能的にわかっていたのだ。


なぜなら、彼女の頭部には大きな窓ガラスの破片が突き刺さっていた。
下手に動かせばそれだけで死につながるだろう。

そして体に圧し掛かる重たい壁には
大人ですらどかすことは困難で
少年の力だけではどうすることもできなかった。


そして最後に、
母親の口から他の言葉が聞けていたら
優しい言葉のひとつでも掛けてあげることくらいはできたかもしれないが…



しかし、そんな事を考える余裕もないほど
彼自身にも限界は来ていた。




「だめだ、隅から、隅まで…

クレハを探さな…き…ゃ…」




グラリ、と視界は揺らぎだす。

動こうと思う彼の意志とは反対に
身体は言うことを聞かずにそのまま床に倒れ込んでしまう。

視界が暗くなっていく最後まで
彼は明るい彼女の姿だけを、心に思い浮かべていた。





「クレハ…」




あと少しで彼女の過ごす部屋につながる
自身の部屋に辿り着くというところで
彼は彼女を思い浮かべることもできなくなり
それから意識を手放した。








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