dream


□芽生えた気持ち
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「…俺はいつからこんな扱いを受けるようになったんだ??」




少年は手を繋ぎながら目の前を楽しそうに歩く弟と、
最近出会ったばかりの少女の後ろ姿を見てため息を吐く。



今まで女に屈したことなどない少年の手には
少女、クレハから無理やり押し付けられ持たされた
虫網に虫かご、収穫したトウモロコシを入れるためのカゴを持たされている。


傍から見たら俺、ただのおちゃめなわんぱく坊主じゃねーか…



少年メルルは
本日何度目かのため息を吐く。。。




彼は今まで数えきれないほど悪行の限りを尽くしてきた。

窃盗、恐喝、暴力…


彼にとってはそれが当たり前の日常だった。


彼の家庭環境がそうさせてきたということもあるが、
この世のすべてが気に食わず、彼は自分がやりたいように今まで思うが儘やってきた。



そのせいか、地元では悪人として名が知れ渡り
大人も子供も彼の姿を見るだけで関わろうとはせず、避けるようになった。

唯一寄ってくるのは、同じ仲間と
そんな荒れた人間に惹かれてしまう年頃の女だけだった。

その女だってなんでも言うことを聞くだけのつまらない奴等だ。


しかし彼自身も、そんな反応を悲しむこともなく
むしろ楽しんでいた。




そんななか、目の前を歩く彼女
クレハと出会ってからは
今までのそんな自分のペースが乱されるようになった。



最初はただのアジア人で、小柄で貧弱そうで
身体を売るしか能のないどっかの娼婦かと思っていた。

片手で捻りつぶすのも簡単そうだった。


しかし、自分の吐きつける言葉に泣くどころか
殺気を飛ばして睨みつけてくる、
彼女はそんな女だった。


今までそんな経験がなかった彼の中には
自分に刃向い、憎たらしい態度をとる彼女に



コイツのプライドをズタズタにして泣かせて…

二度と男の前で服を脱げないようにしてやりたい。



そんな悍ましい気持ちが芽生えた。


しかし、呆気なく一瞬でプライドをズタズタにされたのは彼の方だった。

よりによって自分を尊敬してる弟の前で、
小柄な女にローキックを喰らった上に
バックドロップでトドメをさされ、
今まで出したことのない変な叫び声まで出てしまった。



なんだよこの女…

めちゃくちゃ強ぇじゃねーか…




弟の前でこんな恥を搔かされて
普通ならたたじゃおかない所だが、
彼は、不思議とそんな気にはならなかったのだ。




なんだ…この、変な感じ…


普通ならイライラする場面なのに
なんだか…嬉しいというか、面白いというか…
よくわからない気分がドッと溢れ出てくる。
不思議と胸が騒がしく、落ち着かせようと思えば思うほど鼓動が早くなる。


その気持ちがなんなのか、考える暇もなく
いてて、と首を押さえながら痛みに耐えていると
目の前の彼女は申し訳なさそうに屈みこみ
彼に手を差し伸べた。


そんな彼女の表情を不意打ちにみて、思わずドキッとしてしまい
赤くなる顔を隠すように彼女の手を払いのけ
自力で立ち上がった。


今までこんな感情を持ったことのないメルルは戸惑いを隠せないでいた。



嘘だろ…?俺が本気で女を…??



その後彼女が弟の命の恩人と聞いて
更に彼女への思いが強くなっていく。



こんなタフな女、他にいるかよ??



しかし、見るからに彼女は
年下である弟のダリルにどうやら気があるらしい。

それに加え、ダリルも気にかけているという
まさしく相思相愛という言葉がピッタリな関係だろう。


お互いがそれを理解しているのかは不明だが…



普段暗いダリルがこんなに楽しそうにしている姿を久しぶりに見たメルルは
自分の密かな想いの感情を押し殺すことにした。

幸い、女には困らない人間だ。


しかし、どうしても
彼女のそばに少しでも一緒に居たい、という感情が出てきてしまう。


今まで弟にすら内緒にしていた
屋根裏部屋もあっさり彼女に引き渡してしまったし
自分は相当この女にきてしまってるな…と


メルルは目の前を歩く二人の背中を見て思う。



正直、トウモロコシなんて別に食いたかねーし、興味もない。

ただ、彼女が行くと言うならついて行きたい
彼女が作ってくれるのなら食いたい、それだけだ。



弟の背中を羨ましそうに見つめていると
不意にクレハは足を止めてこちらに振り向いた。




「ごめん、メルル大丈夫??」



荷物持たせ過ぎちゃったかな??

とダリルと繋いだ手を振りほどきこちらに駆け寄る彼女を見て
ついため息が出てしまう…


俺に構うなよ…

お前はダリルが好きなんだろ?


これ以上俺にどう我慢しろってんだ…





「こんなクソみてーな物、持たせんなよ」


ブス。



そう、思ってもいないことを口にすれば
彼女は顔を真っ赤にして


「人が心配してやってんのにあんだとこのクソゴリラ!!!」


とキレてアッパーを繰り出してきた。

何となくその行動が目に見えていたので
攻撃を喰らう前に手に持っていた虫網を頭にかぶしてやれば
嘘のように大人しくなって固まった。



虫か、お前は。



メルルがお腹を抱えて笑えば
ダリルもつられて笑いだし、クレハは子供のように不貞腐れる。


本当、コイツとは出会ったばかりとは思えないほど
一緒に居て、見てて、飽きなくて面白い。


クレハは雑談をしていた時に
友人はモテるのに
自分は今まで誰とも付き合ったことがないと嘆いていたが、
気付かないだけでコイツはかなりモテていたんだと思う。


貧弱なダリルが、
こんな強敵の心を一体どうやって掴んだのか?それだけが疑問だ。


今度は3人で仲良く横に並び
ふざけて遊びながら歩き進めると
気付けばあっという間にトウモロコシ畑に到着した。

いつもなら食べ物を調達にしに来るにも
嫌々通ってたこの長い道も
彼女と居るだけでこんなにも楽しくあっと言う間なのかと
そう思えるひと時だった。


トウモロコシ畑に入るには、
少し高めの段差を飛び越えなくてはいけないのだが、
一人で先に進んでしまう
気の利かない弟の代わりにクレハの手を取り、エスコートをする。



彼女は意外、という顔で見上げてくるも


「ありがとう、優しいんだね」


と、微笑んできた。





あぁ、彼女へのこの気持ちを抑えることができるのだろうか…?


メルルはそんな事を考えながら
無邪気に笑う二人の後を、邪魔をしないように
ゆっくりと追いかけた。







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