月 刊 少 女 野 崎 く ん
□第 一 号
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『野崎』と書かれた表札を出しているアパートの一室。
「ねえ、野崎くん」
制服を着た、オレンジ色の肩を覆うくらいのセミロングに、赤ベースの大き目な白ドットが印刷されたリボンを二つ左右に付けている小柄な少女。
テレビに背中を向け、ペンを走らせる音だけが響く室内で、彼女はベタをする筆を止めて、別の少し離れた机で作業する彼を見上げた。
「何だ?佐倉」
少し猫背気味になりながら、同じ学校の制服を着た彼は、作業していた背中を伸ばしながら、彼女の方を向いた。切れ長の目は一瞬キツイ印象を与える。
190センチの身長も相まってか、中々に迫力がある。
本人はそんなことを気にするでもなく日常を過ごしている。
「この前言ってた、新しいキャラクターのモデルは決まったの?」
「嗚呼、そんなことか」
彼は彼女から時計に目線をずらした。
時刻は夕方の六時を回ろうとしている。
彼の手元には、頬を赤らめる少女が描かれた原稿が積みあがっていた。
「もうすぐ来るだろう」
「え、来る!?」
彼女の頭には、急なワードで頭がいっぱいで。
効果、花担当の御子柴のように、男であれば良いのだが、もし女だったときのことを想像すると彼女の背中には嫌な汗が滲む。
幾度となく、彼の好みのタイプを確認しようとしてきたけれど、そのチャンスは全て撃沈していた。
この経験から彼女には確信があった。
「(もう、騙されないんだから…これは、女の子じゃない!!!)」
心の中で彼女はガッツポーズを決めた。心なしか、自信とやる気がみなぎってくる。
ベタをし終えた原稿を横にずらし、まだベタされていない原稿用紙を手に取り、筆を手に持った。
それと同時に、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴らされる。
特に反応するでもなく、彼は立ち上がると、玄関の方に足を進めた。
その背中を黙って、彼女は見つめた。
「どうぞ」
生唾を飲み、現れるであろうモデルの姿に胸を高鳴らせた。
読者としても、アシスタントとしても、見逃せないスペシャル特典そのもので。
先に入ってきたのは、野崎で、肝心のモデルの姿が見えないことに佐倉は少しのイラつきを感じる。
「こんばんは、初めまして。白石梨乃と申します」
「は、はっ…初めまして…さ、佐倉千代です」
彼女の期待を裏切るように、野崎の背中から現れたのは年上だろうか、彼女よりも大人びた女性が一人。
野崎に諭されるまま、彼女は佐倉の前に座った。
唖然とする佐倉と、何やら鞄を漁る梨乃と、一切表情を変えない野崎。
「の、野崎くんとは、どういった御関係で…?」
「白石は、今日転校してきた、俺のクラスメイトだ」
「クラスメイトです」
「お、お、お…同じ歳!?」
佐倉は目の前に座る自分とは正反対の私服の少女に驚きを隠せない。
腰まで伸びた少し暗めの茶色の髪は綺麗にまっすぐ伸び、斜めに流された目にかからない長さの前髪は彼女の目を印象的にする。
お人形さんのように色白な肌に、大きく綺麗なアーモンドアイの茶色の目。
白いVカットされた襟が特徴的な少し緩めの七部丈のトップスに、深い青のスキニ―ジーンズ。
スラッと伸びた身長に華奢な身体は、羨ましさしかない。
「佐倉さん」
「は、はい!」
鞄の中から何かを探る彼女の横顔に見惚れていた佐倉は、急に名前を呼ばれ、声が裏返った。
思わず、正座し直し、まっすぐに梨乃に目線を向ける。
「写真、撮らせてください!参考にするので」
「しゃ、写真!?何で!?何の参考!?」
「簡単に言えば、ゲームのキャラのモデルに」
「ゲーム?」
不思議そうに梨乃を見つめる佐倉。
いつの間に淹れたのか、野崎は横からすっと紅茶と皿に盛ったクッキーを二人の間の机の中心に置いた。
「男の子向けの恋愛ゲームの作者なんですよね、私。ゲームのモデルになるような子を紹介してくれるって聞いて今日来たんですけど」
「え、作者?しかも、紹介?野崎くんが私を…!?」
頬を赤らめる佐倉を逃すまい、と梨乃はカメラのシャッターを切りながら適当に返事をする。
両手を頬に当て、あれやこれやと妄想する彼女の姿は、絶好の資料。
スペシャルイベントで使おうと、梨乃は鞄からノートを取り出し、思いついたことを走り書きしていく。
「あ、白石。俺が紹介したいのは佐倉じゃない」
「え゛」
「え、佐倉さんでも十分モデルになりますけど」
「彼奴は、凄く良い素材だ。明日を楽しみにしすると良い」
何となく察しが付いた佐倉と、期待に目を輝かせる梨乃だった。
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