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記録的な猛暑、なんて言われていた日々も
気が付けばいつのまにか終わっていたようで

今となっては半袖でいるのでは
少し肌寒いような、そんな季節


それでも昨日までの雨のせいか
今日はなんだか蒸し暑かったりして

今朝、無意識に羽織ってきた上着は
社屋を出てから着ることもなく
自然と腕にかけていたし
彼女の住むマンションに着く頃には
私の額に、じわりと汗が滲んでいた


首に張り付くワイシャツの襟が
ほんの少し、気持ち悪い



キーケースにぶら下がる銀色の鍵を
鍵穴に差し込んで、回すと
かちゃん、と音を立ててそれは開く

片手では少し重たい扉を押して
まだ綺麗に整理整頓されている
玄関へとゆっくり足を踏み入れた


今日は靴を出しっぱなしのままで
何足も散らばっているようなことはなく
足のやり場があることに少しほっとする



私はすぐさま首元へと手をやり
シャツの一番上のボタンを外せば
一気にそこらの空気を吸い込んで

解けた緊張と窮屈さ、その開放感に
私は、ふう、と息を吐く



やっとついた…



そう思ったのも、つかの間
ばたんと玄関の扉が閉まる音と同時に
私の目に見えていた光はすべて
一気にその場から消え去ってしまった




そうだった、と私は思う



いつも、気を付けてと私が言うから
この人はちゃんと、きっちり
カーテンを閉めて出てきたようだった



真っ暗闇に包まれるその部屋の中
私は彼女を支えながら手探りで進むけれど
案の定、何も見えやしない


ひとまず、近くの電気をつけようと
真っ直ぐに壁に向かって手を伸ばす私

その私の手を彼女はおもむろに掴んで
懐にするりと入ってきたかと思えば
ぎゅう、とキツく、強く抱きついた

壁に押し付けられる身体と
隙間なく触れ合う彼女の体温に
私の体温も比例して、高くなる感じがする



何も見えないからなのか
いつも以上にお互いの呼吸は荒く感じて

きりきりと私を締め付ける彼女の力は
アルコールが入っているせいか
ほんの少しも、加減というものがない


彼女の持つ精一杯の力で
私の体は、ぐっと引きつけられていて

首元にすりすりと擦り寄る彼女に
なぜか不意に、実家の犬の姿を重ねてしまう





「ふふ、ジョンヨンの匂いがする」


『なにいってんるんですか』


「あ、ジョンヨンに怒られてる」


『…怒ってません』




『で、あの、電気を』






「…いつまでするのよ、それ」



私の言葉に覆い被さるように
彼女の口から放たれた言葉


どうやら機嫌を損ねてしまったらしい


暗闇のなか、少しだけ認識できた
懐に収まる彼女の表情

途端に眉間にきゅっと、しわを寄せて

怒るよと言わんばかりに
細い目をして、じっと私を見上げた





「もう誰もいないでしょ?」



ねえ、と私の体をまた
また強く、ぐっと体を引き寄せて
今度は甘えるように
首元に顔をすっぽりと埋める彼女は

少しだけ、くぐもった声で
そうやって私に問いかけた




『…そうだね、つい、癖で』


同じ部署の上司と部下だった頃のように
人目のつくところでは気を抜かないように
無意識のうちに言葉は堅くなってしまう

それは今でも、なんだかまだ抜けなくて




ごめんね、そう言って
私の体に隙間無くひっついている彼女の
頭にそっと手をやって綺麗な髪に指を絡めた

ふんわりと香るシャンプーの匂いが
しきりにこの鼻孔をかすめて
これ以上ない安心感と安堵感に包まれる

そしてようやく暗闇に慣れた目は
目の前の彼女をしっかりと捉えていた



くい、と分かりやすく吊り上がる口角
巻きつく腕の力が、また少しだけ強くなる




「わかればいいの」



そういって強い力で引き寄せられれば
重なる唇に、感じる柔らかい感触


ゆっくりと重たそうに開く瞼の下
とろんと蕩けるような目をして
私をじっと、見つめる彼女


それに吸い込まれるように
自然とその瞳に私は釘付けになった





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