CP

□Flower
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底の磨り減った靴で踏む、土の感覚
風にのって香る、緑の匂い
辺りに響く、陽気な笛の音
汗ではりついた、Tシャツの襟


そして、遠くから私に向かって手を振る
浴衣姿の、ひとりの女の子



だれかの、何気ないひとことで
だれかの、なんでもない仕草で

こんなにもゆらゆら心は揺れて


ざわめいて、ときめいて


はやく、はやく、こんなにも
あの子に会いたい、と思う



こんなのって、いつぶりだろう



もういつかもわからないくらい

ずっと、ずっと前に

こころの奥に押し込んで
固く閉じ込めていた気持ちが

まるでその扉を突き破るように
どっと、溢れてくるなんて





そしてそれは

こんなにも簡単に、脆く、弱く







-





まるで太陽がもうすぐそこまで
降りてきてるんじゃないかと思うほど
体を刺すような強い日差しが
私を照りつけてくる、正午過ぎ


周りを見渡せば、どこもかしこも山、山

歩くのは両脇を田んぼに挟まれた砂利道


言うまでも無く、この強い日差しを
さえぎるものなんて何も無くて

そこらじゅうで鳴き続けるセミ達の声が
余計にこの、うだるような暑さに
拍車をかけているようだった



体から流れ出る汗も
ついには枯れてしまいそうなほど

かんかんと、頭上から降り注ぐ日光は
私の体に向かって容赦なく注がれる



やっぱ日焼け止め、塗ってて良かったな


そう数時間前の自分を褒めながら
キャリーケースをごろごろと引きずって

もうすぐ見えてくるはずの
バス停までの道のりを歩いていた






大学の夏季休暇、今年もまた
私はここに帰ってきていた

といっても、帰らされている
と言った方がしっくりくるけど



世間は夏休み、海、BBQ、お祭り

毎年のようにそんないつもの
浮かれた雰囲気に包まれる中

それは私の生まれ育った
この街も、例外ではなくて


こんな小さな街でだって
毎年この時期には
街一番の大きなお祭りがあって

それは今でも変わらず開かれる
言うなればこの街の、夏の風物詩


そこには小さいときから毎年のように
幼馴染のモモとミナと
必ず、3人で遊びに行ってた



私の両親はこの街で小さなお店をやっていて、それで今年も例年通り出店を出すからその手伝いにこうやって帰ってきてるんだけど


これもまた例年通り

「夏休みどうせ暇なんでしょ」

なんて、母親に図星を突かれて



反論も出来ず結局帰る事になる私は
自分でも哀れな目を向けたくなるほどで




でも、ここの祭りは昔から好きだし

まあどこのお祭りでもそうなんだけど
今、この時期にしか味わう事の出来無い
なんとなく、いつもの日常から
抜け出したような感覚が好きで

何かと自分の中で理由をつけて
帰ってきているのも事実だった







「…あ」



いつのまにか目の前まで来ていた
屋根の付いた古びた小さな停留所の中

廃れた木のベンチにすわる女の子


ゆっくりと立ち上がって
こちらに小さく手を振っているから

それに私も、手を振り返す






私がこの街に帰るたび
小さな小さな棘が、心の奥に刺さって
いるかのように苦しくなるのは


そして今、とくんと胸が鳴ったのは




この街に、この子がいるから








『いいって言うたのに!』

「だってサナまた寝過ごすやろ?」


『今年は大丈夫やって…』

「ふふっ、あ、ほらバス来たで?」



定刻より少し遅れて到着した小さなバス

ガタガタと音を当てて扉の開いたそれに
ミナは、ひょいと飛び乗って

はやくおいで、と手招きをする



大きな荷物を抱え、私もそれに続き

誰ひとり乗っていないそのバスの
1番後ろの席を、ふたりで陣取って


長い道のりを、ゆらゆらと揺られながら進んだ














『ただいま!』




いつか直すって言ったっきり
未だ立て付けが悪いままの
玄関の扉を、ぐっと両手で開けて

中に向かって声を投げる



ただいま、なんて言うの久々だな
なんていつも帰るたびに実感して

そして、ほっと安心する瞬間で




私の声を聞いた両親がぱたぱたと
こっちに急いで歩いてくる音がして

そうやってまたいつものように
わざわざふたりして出迎えてくれる



「おかえり、元気やった?ちゃんとご飯食べてたん?」

『食べとるよ、自炊するようなったし』


「暑かったやろ、スイカでも食べるか?」

『お風呂あがってから食べる』


「そう、ならすぐ降りといでね」

『うん』


「今年もゆっくりしていきなね」

『んー』


「明日はバリバリ働いてもらうで!」

『まかしといて!』




ぎしぎしと音を立てる階段を登りきり

私のいない間に綺麗に整頓された部屋に
背負い込んだ荷物を、どさっと放り投げて

口から魂が抜けるんじゃないかと思うほどの大きな吐息をひとつ

そして、ぐっと大きく腕を広げ
おもいっきり背伸びして
骨の鳴る、気持ちのいい音を聴いた


久しぶりに感じる
この懐かしい感覚と、懐かしい匂いが

すごく、すごく心地良くて


それからすぐ後を追うように
襲いかかってきた倦怠感に

私はその場に寝転んで
しばらくぼんやりと過ごした




あっちに行ってからは
こんなに長時間歩くこともなくなったし

今日久々に体力を使い切った気がして
私は、とても気分が良かった



肌に触れる床がひんやり冷たくて
そのまま眠ってしまおうか

と、そう思っていた矢先





「先にお風呂入りなさいよ」



まるで私の眠気を察知したかのように
開いた部屋の扉から顔を覗かせて
お母さんは、私に向かってそう言う



半分まで閉じかけていた目を
ごしごしと、強く擦って

私は重い体を叩き起こし
これまた重たいキャリーケースを開けて
いそいそと、お風呂に入る準備を始めた




ふと目に入ったのは
部屋の壁に飾られた何枚かの写真


もう随分と見慣れた写真だけれど
いつ見たってそれは私の心を暖かくして
そっと包み込んでくれる


どの写真にも、写るのは笑顔の3人

それを一目見るだけで、私たちが
過ごしてきた時間が鮮明に蘇ってきて
いつもこうやって、ゆるゆると頬は緩む


そして、ベッドの脇の窓際に置いた
小さなガラススタンドには

飾られた校門の前で
卒業証書の筒を抱える私たちの写真が



3人とも目元を赤くして
それでもちゃんと、笑顔でいて


今までずっと一緒に歩いて来た道を
これからはみんな
別々の道を歩んでいくということ

それをちゃんと噛み締めながら
精一杯に作った笑顔は
やっぱりどこか少し悲しそうで


でも今となってはそれも
キラキラと、輝いて見えて


今でも心に残り続けていた







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