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□雪の中に
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「おはよー」


『ん、おはよ』




広大な敷地の大きな校舎のなか

久々の再開を喜ぶ人たちの声が
たくさん溢れる、靴箱の前

口に手を当て大きなあくびをしながら
上履きに履き替えているチェヨンは

ごしごしと、目をこすっているけど
その瞼は半分くらいしか開いていない




『どうしたの、夏休み明け早々死にそうな顔して』


「いやー、ちょっと本読んでたら徹夜しちゃって」



『…そんなチェヨンの元気の源、ナヨン先輩発見』



「どこ!」




私がそう言ったその瞬間、まるで
獲物を見つけたトラのように

チェヨンはきらきらと目を輝かせて
指差す私の目線の先を追った


照準の合ったその人は、容姿端麗で
いかにもチェヨンが好きになりそうな人


何年も一緒にいれば
もうだいたいわかるようになってきた





「わー!朝からラッキー!やっぱ可愛い…」



そんなチェヨンが見とれてる
可愛いナヨン先輩の元に

颯爽と駆け寄る、ひとりの生徒

楽しそうに教室へと向かう先輩たち


自然に繋がれた2人の手首には
同じようなブレスレットが光って見えた







「わたし、帰るね…」


『ちょっと待って!』



その一部始終を目撃してしまった私達

しょぼんと耳を垂れ下げたトラの
さっきまで鋭く光っていた眼差しは
小動物のように丸く、潤って

さっき履き替えたはずの靴を
もう一度履こうとしている


私は、それを慌てて止めた




『チェヨン、あれだよ、きっと友達!』


「あれが友達見えるのツウィは!?」



『それは…ごめん』






今日も、うだるような暑さの中
緩やかだった夏休みが開けた初日は

友達の失恋?から始まってしまいました 
















ぱたり、と机に突っ伏して
涙の水溜りを作ってうなだれるチェヨンに

私は、さっき買った、いちごみるくの
冷たい紙パックを目の前に差し出した



「ああ、心のオアシスが…」


『ほら元気だして…』


「出ない!」




そう言ってそれを受け取るだけ受け取って
拗ねた顔してこちらを向いたチェヨンは

それだけ言って、また机に伏せた




『こないだまで違う人だったくせに・・・いい加減やめたら?そういうの

不毛だってわかってるんでしょ?』





「…わかんないよ」






チェヨンのこんな様子は
今日初めて見るわけじゃない



私たちがはじめて
出会ったのは3年前の、中学1年生

それからすぐ、チェヨンの恋は始まった


気になる先輩を見つけては好きになり
そして、あきらめる

すぐにまた次のお気に入りの先輩を見つけては、また惚れて



好きになるのは良いとしても
毎回、ただ眺めてるだけで
何もしないし、声も掛けない

その人を見つけただけで
心底嬉しそうな顔をしているけれど

ただ見ているだけっていうのが
なんだかすごく、不思議だった




私は、好きな人とかいないし
実際こういうものなのかな・・・?



もし、いつか
私に好きな人ができたなら

こうやって、チェヨンみたいに
恋に一喜一憂する日が来るんだろうか?







『そろそろ起きよっか』



机に伏せたまま眠りだした
チェヨンを叩き起こして

買ったもう一つのりんごジュースに
ストローを刺してそれを吸い上げた


すると突然さっきまで静かだった教室が
なぜか急にザワザワと騒がしくなる





「1組の転校生見てきた!」

「どう?かわいかった?」



はあはあ、と息を切らしながら
教室へと戻ってきた一人の生徒

クラスメイトは、みんな食い入るように
その子の話を聞いているようだった




『へー、転校生なんて珍しい…』




賑やかになった教室の端っこで
冷たいジュースを飲みながら

ね?と、横で突っ伏してたはずの
チェヨンのほうを向くと


彼女は、そのまま椅子を倒すんじゃないかと言わんばかりの勢いで
ガタガタと音を立てて立ち上がる




「行くよ、ツウィ」



『…はい?』














転校生のいるという教室の前まで来ると
廊下には生徒たちがたくさん群がって

入り口から覗く私たちの前には
人の壁が立ちはだかるせいで
いまいち、中は良く見えなかった



「見えない!」


『あのさ、さっきの落ち込みはどこいったの』



「そこは気にしなくていいよ」



手のひらをひらひらと泳がせながら
まあまあ、と私はいなされた

こちらを見ることもなく
なんとか人の体の間から教室の中を
覗こうとしてみたり必死に
背伸びをしながら覗こうと
チェヨンはすごく頑張っている



「いやー、人すごいね!」


『…あ、あそこじゃない?』



人の頭の間から見えた教室の中

ひとつの机に人が集まっていた

その中心にいるであろう転校生の姿は
まだ見えないけれど…


まあまた今度すれ違ったときにでも
見られればいいか



『ほら、いつか見れるしもう・・・』




「あっ、見えた!ほら!」



嬉しそうにそう言うチェヨンは
自分の教室に戻ろうとしていた
私の制服の袖を、ぐっと掴んだ


やっと見ることができたのは
クラスメイトに囲まれて
楽しそうに笑っている女の子



そんな彼女と目があったその一瞬

私は今までに感じたことのない

なんだか、心が暖かくなるような
そんな気持ちになったのを感じた




ん? えっ、目が合っ…

というか、こっちに来てる!?





「チェヨン?やっぱり!チェヨンや!」


「……サ、サナ!?」













「戻ってくるんなら言ってよ!」

「へへっ、びっくりさせようと思って」


「すん…ごい、びっくりした!!」

「友達もびっくりしてた!」


「そりゃそうでしょ」



生徒が溢れる教室から少し離れたところ

屋上へと続く、階段の踊り場で
さっき駆け寄って来た彼女と3人


すごい勢いで、ワーワーと
ひたすらに喋り続ける2人と

ただひとり、ぽつんと残される私



『えっと…チェヨン、知り合い?』


「いや?別に」



「ちょっと、ひどない?」




[サナ]と呼ばれるこの子は

くるり、とこちらに顔を向け
ぱたぱたと私の前まで歩いてきて

私の目をまっすぐ見ながら優しく微笑んだ



「湊崎紗夏です、小6までこっちに住んでてん!」


『あ、ああ、なるほど』


「チェヨンとは小学校が一緒やって…」


「3年のときに転校してきたんだよね」


『転校?』


「あ、うち転勤多くて…えっと…」



私の名前を知らないこの子は
どうしよう、と
口に手を当てチェヨンと目を合わせる

そんな彼女の言いたいことを察したのか
チェヨンは私の肩を掴んで
へへへ、と嬉しそうに笑った



「この子はツウィ!」


『よ、よろしくね』








-







テスト期間で、部活もないこの時期

今日もアイスでも買って帰ろうかなんて話をしながら、いつもの帰り道を歩いてる途中

見覚えのある後ろ姿を見つけて
チェヨンは大きな声をあげた



「あ、おーい、サナー!」

「…チェヨン!」



前を歩いていたサナちゃんに
チェヨンは、手を振り、叫んだ



「って、あれ?ひとりなの?」


「…だってクラスに西町の子おらんねんもん」


「え!西町?昔と逆方向じゃん!」



『あ、私、西町だ』


「ツウィ何丁目だっけ?」

『2丁目』


「うそ、さなも2丁目!」


「じゃあツウィと帰れば?私ここまでだし!」



『えっ』


「うん!そうする!」


内心焦りまくっている私を置いて
じゃあね、と颯爽とその場から
走り去っていったチェヨン

ぽつんと、そこに残された私たちは
ふたりの家がある町へと歩き出した






-








あれからしばらく一緒に歩いているけど
人と話すのが少し苦手な私は
何も喋ることが出来ずにいた

どうしよう
何話せばいいか分からない…


微妙な空気が流れるふたりの空間


なにか話題を…と頭を悩ませている私



その均衡を破ったのは
サナちゃんのほうからだった




「ツウィちゃん」



『あ、はい!』





黙りこくったままだった私に
そうやってサナちゃんは
笑顔で気さくに話しかけてくれる




「チェヨンと仲良いんやね」


『うん、中学から一緒で』


「チェヨンうるさいやろ?」


『すごいうるさい』



「やっぱり!」




こうやってまっすぐに目を見て
話してくれる彼女のおかげで

どうしよう、と困惑していた
私の心の緊張はすぐに解けて


初めて一緒に歩く道のりも
いつのまにかすごく楽しいなと
思えるようになっていた





「昔はチェヨンと家も近くてよく遊んでて」


『へえ、例えば?』


「んー、ほとんど公園におったかな?
こう見えて、さな結構やんちゃでな
野球とかサッカーとか鬼ごっことかしてた」


『まあ意外ではなかったけど…』


「あ、やっぱり?それよく言われる!
運動神経だけは自身あるねん!
足も速いほうやし腕相撲も強いし!」



『腕ずもう!?…それは嘘でしょ?』




だって正直…すごく弱そうなのに




「・・・じゃあちょっと試してみます?」














近くにあった大きな公園のベンチ
その両脇に座る、ふたりの学生

張り付いたシャツの袖を上まで捲って
ぎゅっと、お互いの手を握り合う



「いくでー!」


『お、おー…』



この状況に未だ頭がついていけていない私を置いて、サナちゃんは元気に開始の合図をかける




「レディー…ゴー!」




組んだ拳に、ぐっと力が入って
2人の間には均衡が保たれた



「…あれ?」



少しだけ力を入れると、それに比例して
あれよあれよと私の優勢


そのまま腕をゆっくりと倒してゆくと
次第に彼女の腕は傾いていって

そのまま、ぱたりとベンチに倒れた





「……」


『な、なんかごめん…』




彼女は、よほど悔しかったのか
叱られた犬のようにしょぼくれて

何も言わずにスカートの裾を握って
唇をぎゅっとつむんで俯いている




『あの…実は私も腕ずもう強いほうで』


「え!そうなん!?すごい!チェヨンより!?」



そうだったんだ!となにか
どこかで彼女の中で腑に落ちたのか

小さく縮こまっていたサナちゃんは
そんな私の言葉を聞いて
まるで耳をピンと立てた犬のように
きらきらした笑顔でこちらを見る




『チェヨンなんて相手にならないよ』



「…じゃあ、リベンジお願いします!次は指1本で!」




そう言った彼女は、小指をぴんと立てて
にっこり笑いながら
その手を、私の顔の前に突き出した



『1本って…これ?』



それと同じように、小指を立てて
もう一度聞いてみると

うんうん、と激しく頷くサナちゃん


まだ小さな子どもみたいな彼女の姿に
思わず私は吹き出してしまった




『それは減りすぎでしょ!』


「え、あかん?次2本にするから!」


『わかったわかった、サナおもしろいね』


「あっ、今サナって呼んでくれた!」



気付けばいつのまにか
呼び捨てにしてしまったことに
今更ながら慌ててしまう



『あ、ごめん、チェヨンのうつった…』

「ううん!サナでええよ」



「これからチェヨンと一緒によろしく、ツウィ」



『…うん』






私に向かって手を差し出す彼女

それに答えて、私もその手を握る








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