CP

□heal my mind
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「ごちそうさまでした!」



両手を合わせて、上機嫌に可愛らしく
食後の挨拶を済ませたジヒョちゃん

美味しいお肉をたくさん
食べられて満足したのか

満面の笑みで、ついさっきまで空っぽだったはずのお腹をポンポンと叩いている


すると何か大事な事でも思い出したのか
急にはっとして真剣な表情で私を見ると




「サナ、見て見て!ほら!」




そう言って身体の向きを
くるりと横に向けて
さっきよりも大きくなったお腹を
これでもかとアピールしてきた




こんなにはしゃいじゃって
可愛いなぁ、もう
今すぐ抱きしめたいなジヒョちゃん!



なんて、いつもの私なら
そうやって言うところなんだけど
正直、今はそれどころじゃない



机の上に山積みになった、お皿

一皿数千円単位の
その枚数を数えてみるけど
気が遠くなりそうで、途中でやめた

いつもなんでも美味しそうに
食べるジヒョちゃんが好き


だけどまさかこんなにたくさん…

その華奢な身体の
一体、どこに納まったんよ…






いつもなら、お互い気を遣うからって
2人で一緒にお会計するけど
今日は私が全部持つことになってる



少し前、仕事終わりに一緒にご飯食べようって約束してたけど
急に上司にご飯に誘われて
行けなくなってしまったことがあった

その日久しぶりに会えるはずだったから
ずっと前からすごく楽しみにしてくれてたのに…


急いで電話をかけて謝ると
仕方ないよって笑ってくれた

その優しさに、すごく申し訳なくなって

今度美味しいお店連れてく
って言ったら
それで許してあげるって




…そして今に至るんだけど







「サナ?どうしたの、さっきから固まってるけど」



唖然とした表情で固まったままの
間抜け顔した私に気付いた彼女は

ねえねえ、と心配そうに
しきりに私の顔を覗きこんでくる





『なんもないで!
めっちゃ美味しかったなーって』


「うん!美味しかった!」





そして少し照れくさそうに、
私から一旦視線を外すと

今度は上目遣いでゆっくりと
こちらを見つめて微笑んで




「サナ、今日はありがと 大好き」




そう言って、照れ笑いをする


慣れないことを言ったからか、
この間に耐えきれなくなったからか

すぐに、手元にあった
水の入ったコップを両手で持って
ごくごくとそれを飲み干した






ああもう、またそんな事言っちゃって
サナやってジヒョちゃんのこと
大好きやわ!もう!


早いとこお会計してくるから
待っててね!!!







-








ありがとうございました
またお越しください!





威勢のいい店員の快活な声を
背に受けながら、私達はお店を出た


私の家はここから歩いて帰れるような距離にあるけど、彼女の家はここから数駅も先のところ


ひとりで帰れるよって言ってたけど
慣れない道を1人で歩くのは危ないし

というか、ものすごく心配だし


それになにより
一緒にいられる時間も増えるから

私はジヒョちゃんを駅まで
送り届けることにした




携帯の画面の表示を見ると
時刻は22時を過ぎようとしていて


秋から冬へ変ろうしているこの季節

太陽が出ていない時間帯、
特に朝と夜はとにかく冷え込む



コートも羽織っているし
決して薄着ではないけど

辺り一帯を吹き抜ける風は冷たくて


人一倍寒がりなジヒョちゃんは
ふるふると、少し身震いをして

首に巻いたマフラーに顔を埋めて
小さく肩をすぼめた




かじかんだ手に息をかけている彼女

吐いた息は白くなって夜空に消えてゆく


その手を、ぎゅっと握ってあげると
さっきまで寒さで強張っていた表情は
途端に、ふにゃっと解けて

目いっぱい上がった頬で
その大きな目は細くなった


けど、恥ずかしがりな彼女は
すぐに慌てて、その手を離す




街中は人目に付くから、
それにサナの家の近くだし…


って、ジヒョちゃんは言う


私はどこの誰に見られても構わないし
むしろ見せつけてやるぐらいの方が
ジヒョちゃんを取られることも
ないだろうし安心するんだけどな


なんて、口には出さないけど

心の中でそんなことを思いながら
優しく微笑んでみせた




そんな優しい彼女は
自分で手を離したくせに名残惜しそうに
私の小指だけを、ぎゅっと握ってる


この寒さのせいか、それともまた
違ったなにかのせいなのか

ふと髪を掛けた時に見えた耳は
ほんのり赤くなっていた



一方、何事もなかったように
澄ました顔して隣を歩く私は

少し手を繋いだだけなのに、ジヒョちゃんに触れたのが久しぶりすぎたのか
確実に心拍数は上がっていて

バクバクと音を出して騒ぐ心臓を
深呼吸してなんとか落ち着かせる


そして自分の頬をつねって、
頭の中で囁いた小さい悪魔の
良からぬ声を払いのけ

駅までの道をしっかりと踏みしめた






「美味しいものいっぱい食べたから、体が重い」



なんてケラケラ笑いながらスキップして
しっかり握った小指を
前に後ろにぶんぶんと振り回し

ご満悦の様子のジヒョちゃん



数日間お預けを食らっていた
ジヒョちゃんとの
食事デートの約束も果たせたし

久しぶりに、二人きりの時間をゆっくり過ごせて、私も大満足だった



ただ一点を除けば…






ご機嫌な彼女を横目でじっと見つめると

すぐに私の視線に気付く




「サナ、どうしたの?怖い顔して」



『だって、ジヒョちゃん食べちゃったからさ、サナのプリン」






そう、あのお店は高級焼肉店としての評判も勿論だけど
デザートにもかなり力を入れてて

そこの自家製のプリンが
とんでもなく美味しいって
話題になっていたから
ものすごく楽しみにしてたのに

それをあっけなく彼女に
食べられてしまったのだ



一体、サナが何したっていうんよ!

いや、正直心当たりしかないけど!





それは、つい先日ジヒョちゃんの家に泊まりにいった時のこと


冷蔵庫に置いてあったプリンを
夜中、私は寝ぼけながら食べてて

そしてそれを全部食べ終わった後、
フタに貼ってあるメモに気付いて
一瞬で目が覚めたし、背筋が凍った


昨日までの期間限定のプリンで
もう今は売ってないのだそう


翌朝、案の定私は懇々と怒られ続けた




食べ物の恨みって怖いねジヒョちゃん!





それでも、ここぞとばかりに
駄々をこねてみる


優しいジヒョちゃんの事だ、きっと
ごめんね、なんて言いながら

ハグとかキスとか、あるいは
私には思いつかないような行動で
慰めてくれるに違いない…






「人にそんなこと言えるのかな」



『ですよね』





全然ダメでした

ものすごく真剣な表情で
言われてしまいました









そうやってしばらく歩いていると
向かう駅よりも先に、
私の住むマンションが見え始めた

本当に少し見えただけで、
辿り着くにはまだそれなりに
歩かないといけないけど



ふと横を見ると、
彼女も私と同じ方向を見つめている





「あ、サナのマンション」


『よく分かったなあ』


「うん、もう何回も行ってるし覚えてるよ」




そんな会話をしている内に
駅からマンションへ向かう時に必ず通る
大きな交差点に差し掛かった

ここを渡って左にいけば駅
右に行けば私が住むマンションだ





見上げると、信号は赤

横断歩道から少し離れたところで
立ち止まって、青に変わるのを待つ



いつもよりも長く感じる待ち時間

ジヒョちゃんはさっきまで掴んでいた
小指を離したかと思えば

私の手の指の間にするすると指を絡めて
今度こそちゃんと、手を握った



ふと彼女の方を見ると
俯いて何か考え事をしているようだった





「…ねえ、サナ」


『んー?』



「今日泊まったらだめ?」


『へっ!?』





突然、彼女の口から出た
予期せぬ発言に驚いて

思わず変な声が出てしまった



明日は仕事だって聞いていたけど
午後からで良いらしく
午前中は空いているんだとか




何てことだ

もうすぐジヒョちゃんとお別れか、と
しょぼくれていた無防備な私の所に

とんでもない
一大イベントが舞い込んで来た




もしこれがRPGのゲームなら

「YES」か「NO」の
選択肢が出てくる前に

私は、まっ先に口で
「YES」
と叫んでいるだろう


あくまでも、ゲームなら、の話






「ご、ごめん、だめだったらまた今度でいいから…」



遠慮がちにそう言った彼女は
まるで叱られた子犬のように
どんどん小さく引っ込んでしまう


それがあまりにも可愛くて
思わず吹き出してしまうと
不安そうな顔をして、私の顔を見上げた

そんな彼女をあやすように
そっと頭を撫でてあげる



『大丈夫やでジヒョちゃん
むしろもう時間も遅いし泊まってって』


「ほ、ほんとに?いいの?」



『ええよ!部屋片付けれてへんけど』





すると、ジヒョちゃんの不安げな表情は
ぱあっ、と一気に晴れて
その大きな瞳をキラキラと輝かせる

やったやった!と子どものように
目の前で何度か跳ねると
そのまま私の胸の中へ飛び込んできた


彼女が纏う、甘い甘い香りに
ふんわりと優しく包まれて

辺りが冷え込んでいるからか
触れ合った体からお互いの体温が
暖かく、じんわりと伝わってきて


人肌の温もりと
全身から伝わる柔らかい感触

たったそれだけで
私は幸せな気持ちになれる




ああ、いつまでも酔いしれたいな

このまま、もっと…




気を抜いた途端、またさっきの悪魔が
ちらりと顔を覗かせたけど

それをグッと抑え込んで、また深呼吸






『それじゃ、帰ろっか』





頬の緩みきった
ジヒョちゃんの手を引いて

やっと青信号になった横断歩道を
ふたりで手を上げ、歩いて渡った







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