CP

□まっすぐに、歪む
1ページ/2ページ






今日も、雨が降っている
連日続く雨は、この季節のせいだ



6月の中旬

天気予報のお姉さんが棒で指しながら
伝える週間天気予報はどこを見ても
曇りか雨のマークで、
どこにも太陽なんて無かった

湿気で、じめじめして、私は一番
この季節が気に食わないと思ってる


でも今日はそんなことも気にしないほど
私の気分は、そしてこころは間違いなく

晴れマークが出ているだろう







鼻歌交じりに歯を磨いて
忘れ物もないように身支度を整えれば

よし、と自然に口から出た言葉を合図に
脇に立てかけていた傘を取って

軽快に、重い玄関のドアを開けた





-





夏至、といわれるものは
たぶんまだだったと思うけど

今日もやっぱり、この時間はまだ
太陽は沈んでいないみたいだった

窓から差し込む夕陽で細めた目で
壁にかかる時計に目をやる


聞こえない秒針の音を噛みしめるように
長針がまっすぐ上に向かって伸びたころ

私はすでにまとめていた荷物を抱えて
颯爽と、そして足早に会社を出ていた




駅に向かう道の真ん中、一度通り過ぎた
行きつけのパン屋であの子の好きだった
めいっぱい袋に詰められたはちみつ味のラスクを買って

何の遅れもなく定刻での出発を
知らせる駅員の声が響く構内

私は閉まりかけのドアに急いで駆け込んだ




私の行く先に、そしてこの時間に乗る人は思ってたより少なくて
座席はまばらに空いていた


周りを見渡して、誰も座っていない空席へ腰掛け
ひとまずはシャツの1番上のボタンを外して、一息、乱れた息を整える




今、出来ることといえば

携帯の画面を何度も点灯させることと
時間が過ぎるのをただ待つこと

そんな手持ち無沙汰な私は

新幹線の中から窓の外に見える景色を
ぼんやりと眺めるしかなかった

目の前を猛スピードで過ぎていく景色は
私の、はやる気持ちを表してるみたい


ただ、早くあの子に会いたい




彼女を思うと高鳴る胸に
かばんに入った甘いお菓子を見るたびに

私の頬はゆるゆると緩んで
しきりに私の心の裏側をくすぐって

それがむずがゆくて
でも、あたたかくて

彼女の住む街に着くまで待ちきれなくて
何度も何度も時計を見る



でもいくら見たって時計の針は
進んでないようにも思えて

なんだかすごく、すごく
時がゆっくり流れるように感じた







-






目的地に降り立ち、改札を出ると
もうすっかり日は落ちていたようで
いつのまにか、辺りは闇に沈んでいた


目の前に広がるのは
ひしめき、そびえ立つビルの明かりと
大きな道路に綺麗に列をなす車の群れ

暗闇のなか振りはじめた雨と
日常とかけ離れている光景に

さっきから胸の奥がざわついて
なかなか落ち着いてくれない


それは、この見慣れない景色に
わくわくする好奇心か

それとも、やっと
彼女に会えるということへの高揚感か


たぶん両方なんだろう



ぽつぽつと傘にぶつかる雫の間から
ロータリーの真ん中に立つ時計を見る

針がさすのは6時半を少し過ぎたところ


「あと45分…」


有難いことに思ってたよりも
早く着いてくれた新幹線

それに、元々少し余裕を
持って出ていたこともあって
約束した時間よりも
ずいぶん早く着いてしまった


カフェで時間でも潰そうかと思ったけれど
そんないつでも出来るようなことをするのは、なんだかもったいない気がして

コンクリートに溜まった水溜りも気に留めず
私は見慣れない街の見慣れた道を歩き出した








-




入り組んだ道にかなり苦戦しながらも
地図のアプリを使ってなんとか
近くまで来れたかなと思っていると

遠くに見えた知っている店に
どっと安心感がこみ上げてくる


前にこの場所へ来た時は
ミナに案内してもらいながらだったから
思いのほか時間がかかってしまった



カフェと呼ぶには少し物足りないような
古びた外装に、それにそぐわないきらびやかな内装

遠巻きに見えた入口のドアにぶらさがる裏向きの看板が、閉店を知らせるように伏せていて

中からは外の景色が
外からは中の様子が見えるように
ガラス張りで作られた建物は
やっぱり、いつ見ても素敵だなと思う



しっかりとビニールのかけられた
テラス席のテーブル達を避けながら
店の入り口へと迷いなく足を進めると

ふいに視界に入るのは
しきりに私の心を揺らすあの子





と、その横に立つ同じ制服を着た同僚



洗い終えたグラスを丁寧に拭いて
綺麗に棚に並べているミナの横に並んで
同じようにグラスを拭いているその人

こちらからは背中しか見えないけれど

楽しそうに笑い合う2人は
もう少しで肩が触れるんじゃないかと思うほど近くて



明らかに、意図的に
詰められている距離に

気付いているのはたぶんその同僚と
外から見ている私だけだっただろう





掴んだとびらの取っ手を
引くことなく力を抜いたのは

誰かと楽しそうに笑い合う彼女の邪魔を
したくなかったからじゃなくて


こんなに醜い感情が沸いてしまった自分に心底、呆れてしまったからだった



お互いに束縛したりとか、そういうのは全くないし縛るつもりも無い

でもこうやって、自分以外の誰かの隣で笑う彼女をこの目で

目の前で見せられてしまうと

私の中のドス黒いなにかが蠢いて

どんなに綺麗な言葉でも拭いきれないような、自分でも認めたくない感情が
ふつふつと湧き上がってしまって

気が付けばいつのまにか雨の音も
どこか遠くで聞こえている気がした





ふとした瞬間、雨音は
さっきよりも大きく耳に響いて

私は無意識に、来た道の方へ足を向けて
待ち合わせの場所へと戻ろうとしていた









-








〔今日もお疲れ様。
まだ新幹線かな?駅の前で待ってるね〕





約束していた時間の15分前


静かだった携帯から小さく音が鳴って
通知欄に並ぶ、彼女の言葉

そっと画面に触れてみたけれど

私はなんとなくそのまま開かずに
ズボンのポケットにしまった



たくさんの人でごった返す駅前

それでもこうやって
ミナをすぐに見つけられるのは

私の特技って言っても
良いんじゃないかな




あれからしばらくして、駅前の広場に
少し駆け足でやってきたミナ


遠くの方に見えるあの子は

何度も携帯の画面を見ては
残念そうに、眉をすこし下げる

もうこうやって見つけてるんだから
名前を呼んで、手を振って
彼女の元へ行くべきなんだろうけど

私は、ぼんやりとその姿を見ていた



なんだか今はただ、彼女を遠くから
眺めていたかったのかもしれない





綺麗…


ただそんな単純な言葉しか出ない
噴水の脇に座る私を見つけた途端

ぱあっと、明るくなる彼女の表情

きゅっと、締め付けられる胸

目が合ったその瞬間に
心臓がどくんと脈打つのがわかった



人混みを掻き分けて、その子は息を切らせながらこちらへ駆け寄ってくる


「モモ?もう着いてたん!?」

『…ううん、さっき着いた!』


「待たせたよな、ごめんな」

『いや全然!まだ時間あったし!』


そういって笑う彼女の笑顔を見ると
どこか胸が、チクリと痛んだ気がした





-





「会えるってなってからな、モモが好きそうなお店いっぱい探しててんけどな、あそこのな――…」




私の腕をぎゅっと抱き寄せて

そのせいで自分が少し歩く辛くなってるのもわかっているはずなのに

そんなこと気にもしていなくて
あれでな、それでな、と話し続けるミナ


私がそれに頷きながら相槌を返すと

上がった頬で目を細めて
ふふふ、と嬉しそうな顔をする

私はたぶんこの笑顔を見るために
毎日頑張ろうって思えるんだろう



2人、遠くで暮らすようになってから

自分の中を占めるミナの割合に
改めて気付かされるようになった

会えない時間のほうが格段に多いけれど

それでも、苦しくも悲しくもなくて

ただその時間でさえ
私を暖かく包んでくれている気がして



そんなのも悪くないな、なんて思う





でも、ただひとつ

待ち望んでいたこの時間に
悔しくも頭に残り続けるものがあって

それはまるで呪いのように
心臓をわしづかみにして、私を苦しめた



別になんでもないはずなのに

今までもなんでもなかったはずなのに


どうしてこんなに頭に焼き付いてるのか
自分でもよくわからないけれど

なんとなく、あの瞬間
ミナがすごく遠くにいるように感じて


それに手を伸ばせなかった
自分にも、情けなくなった





いつか、いつか

ミナはどこかにいってしまうんだろうか




そんな不安の渦にのまれそうになって

血の気が引いて、鳥肌が立つように
感覚が重く、鈍くなった気がして

その度に、私の胸は
何かに殴られているように痛む



そして、まるでその傷を癒すかのように
ミナの香水の香りが鼻腔をかすめて

私の中に染み渡っていくような気がした








前の休日、今日と同じように雨が降った日
コンビニで買った大きめの透明な傘

2人の大人が肩を寄せて
雨を凌ぐのには十分な大きさだ



足元に広がる、薄く張られた水の道を
ぱしゃぱしゃと蹴り上げながら

しきりに私の顔を覗いてくるくせに
いざ目が合うと慌てて逸らして

ミナはやさしく、柔らかく笑う



ビニールを叩く水の音が
強くなったり、弱くなったり

不安定なメロディを奏でていて

それがなんだか、私の心も
揺さぶってくるような感じがした





透明の窓から、ふと空を見上げると

しきりに降り続く雨の雫が
月や、脇に並ぶ街灯の光に反射していた

それはまるで夜空に浮かぶ
星空を見ているようで


その光景に思わず足が止まって

横を歩くミナも、不思議そうな顔して
歩みを止めて私の視線の先を辿る





「なんか、星みたいやな」






そう言って、ふわりと笑う彼女は


やっぱり綺麗だった







次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ