CP

□XYZ
3ページ/4ページ




くたりと力の抜けた彼女をベッドへ運び
床に無造作に置かれたままの
雑誌や服を避けて歩きながら

少し先にあるキッチンへと立った私は
戸棚から透明なグラスをふたつ取り出した


こんなのも、もう慣れっこだった


もちろん、あんなにも荒れた部屋を
初めて見たときはずいぶんと驚いたし
仕事も人付き合いも難なくこなす
「ナヨン先輩」という職場での印象からは
到底、想像もつかなかったし

ここに来るたび綺麗に片付けてみても
数日後には、もうこんな有様で
もう私は溜息すらも出なくなった



慣れってやつは怖いな、なんて思うけど




そんなことをぽつり、心で呟きながら
冷蔵庫から出した冷たい水をグラスに注ぎ
片方を、ぐいっと飲み干して
もう片方のグラスを持ってナヨンさんの元へ


ベッドの縁に腰掛ける彼女は
目の前に立って目の前に水を差し出す私を
ゆっくりと見上げる

ぽーっとこちらを見つめて
差し出されたグラスを両手で握れば
ありがとう、と微笑んだ



少しづつ水を口に含む姿は
まるで、小さな子供のようで

ごくごくと、喉に流し込む姿を
私はそれを見守るように
何も言わずただ、じっと見ていた






「ねえ、帰るの?」


『…うん。読みたい本もあるし』




少し落ち着いたのか、静かな声で
私にそう尋ねる彼女は
ベッドにごろんと寝転がり
枕に横顔を埋めて今にも眠りにつきそうで

そのすぐそばに腰かけた私の身体に手を回し
まるですぐ傍にあるあの抱き枕のように
きゅっと懐に引き寄せた



私の脳裏に浮かぶのは
持ち帰ってきた、まだ未完成の企画書



[迎えに来てよ]


震えた携帯の画面に見えた小さな文字に

…これはまた後でも、と
上書き保存を押して
そそくさとPCの画面を閉じたのだった




早くあなたに会いたかったから


それは優先順位をつける間も無く
いつものごとく、最優先事項になる







「帰らないよね?」




あなたがそう言うのなら
たぶん、そうなるんだろう



彼女が放った言葉と共に
私の視点は、くるりと回転して

耳元で感じるのは
暖かく、優しい彼女の息遣い

荒々しく引き込まれたベッドの上で
ふたりの肌はまた、触れ合う





「それ、今日じゃなきゃダメ?」



来ていたスーツを床に放って
後ろで軽く纏めていた髪を下ろせば
ふわりと綺麗になびかせた


ああ、スーツ、シワになるだろうな
なんてどうでもいい事を考えながら

真っ暗な部屋に浮かび上がった
私の上に跨る彼女のシルエットを眺める



ひとつ、ひとつ、ゆっくりと
ボタンに手をかけて
肩からするりと落ちる白いシャツ

華奢な体は私が抱きしめれば
いとも簡単に壊れてしまいそうなほど
細く、弱く、そして妖艶だった


少し開かれた淡い色したカーテンの奥
窓から入り込む月明かりが
彼女の体の線を綺麗に映しだす






「……あんまり見ないで」




今さら何を言い出すのか

とっさにこちらに両手を伸ばした彼女は
そうして私の見える世界をすべて覆った



五感のうちの一つを失うと人は
それ以外の感覚が鋭くなるのだそう


彼女が付けた甘い香水の香り
私の顔に添えた彼女の手の温もり
微かに聞こえる彼女の息遣い


すべてが、鋭く、私の心の裏側を
こんなにも容赦なく突き刺してくる






『無茶言わないでよ』



そうやって慣れないことするから



矛盾している彼女の行動に
私は少し可笑しくなって
そのままゆっくりと体を起こし

後ろに両手をつき少し頭を傾けて
私の上に跨んでいる彼女に向かって
少し微笑んでみせた




『ちゃんと見せてよ』




そっと、ゆっくりと離された手の向こう

暗闇のなか徐々に見え始めた彼女の表情は
しおらしくて、そして無邪気な子供のようで

私の首に腕を回し、隙間なく擦り寄ってくる


その首筋にキスを落とせば漏れる甘い声



薄暗い部屋の中でお互いの心臓の音だけが
響いているようなそんな錯覚に

とくん、とくん、と急ぎ足で
鼓動を刻む、お互いの心拍音が
ふたりの欲望に拍車をかけるようだった




力の抜け、はあはあと息の上がった彼女は
自分の口から力無く漏れる甘い声を
いつも抑えて、抑えて、我慢する癖がある


もっと聞かせて、なんて言ってみれば
それも何の意味もなく崩れるのだけど



少しだけ後ろに引けたナヨンの腰を
私は、ぐっと引き寄せた






『ここからどうするつもりだったの?』

「…わかんない」



『なにも考えてなかったんだ』

「いいでしょべつに」




「…ねえ、名前、よんで」

『ナヨンさん』


「ちがう」



『…ナヨン』


「ジョンヨン、キスして」




『それで?』


「もっと、もっと」




-
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ