奥州ホールディングス資料室

□社長に恋して三ヶ月
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「お待たせ致しました」

とりあえず急いでお茶を淹れて、社長室に戻った。
政宗様、小十郎様、成実様は応接セットで寛がれている。

「お、ありがとなー!聞いたぞ、姫料理上手なんだなっ」

ニカッと音が聞こえそうなほど眩しい笑顔の成実様。
きっとお茶を淹れている間に小十郎様が説明して下さったのだと理解した。


「実家が小料理屋を営んでおりまして…多少作れる程度ではあるのですが………」


あまり謙遜しすぎるのも気に入って下さっている政宗様を貶めるようで、表現に困ってしまう。


「いーないーな、俺も食べたい!昼飯ちょっともらえない?」


私はもちろん食べて頂けたら嬉しいけれど、食材は全て政宗様のポケットマネーで賄われているので即答ができない。

お答えが欲しくて政宗様に視線を移すと


(………あれ?なんか………怒ってる?)


先程の砕けた雰囲気は保っているものの、どう見ても成実様を見る目が笑っていない気がする。

「あの、政宗様……」

「………………構わない」

こちらに軽く視線を向けて、ぽつりとそう零された。

やっぱりなんとなく機嫌が悪い気がする。
いつもならきっと微笑むまではしなくても、真っ直ぐに目を見てもう少し柔らかい声で言ってくれる……ような気がする。


「やったっ!!姫、よろしくなっ!」

これまたニカッと笑われて、私は政宗様の様子が気になりつつも「畏まりました」とキッチンへ急いだ。





(あまり時間もないし、今日はパスタとスープに変更……)

突然の来客の為に時間もなければ食材の準備も足りないと判断して、メニューの変更をした。


(デザートも作っておいたけど……これは夕食にお出ししようかな……)


なんとなく、政宗様の為に作ってあったティラミスを今出す気分になれなかった。
量はある。なんなら成実様だけでなく小十郎様にも振る舞える。
でもなんとなく、今は違う気がする。


(……………なんでかな、政宗様が機嫌悪いから?)


甘い物も嫌いじゃない政宗様のために、少しでもお疲れが取れるようにと作ったティラミス。
今出したところで喜んで貰えそうにないから、だから出せない。


(あの笑顔が見たい……)


そう思えば、何を考える訳でもなく一度手にしたティラミスを冷蔵庫にしまっていた。




「失礼します、お食事をお持ちしました」

結局、冷製パスタとサラダにスープというありきたりなメニューを持って再び社長室に戻ってきた。


「おっ!姫ありがとなぁ!急だったから大変だったろ」

「そう思うなら最初から遠慮しろ」

「いやいや、お前が認めた味だぞ?食べないわけにいかないじゃん!お、うまそーっ」

どうやら小十郎様は席を外されたようですでにいらっしゃらない。
何度か政宗様の分と一緒に食事をお作りしたことはあるけれど、「食材も光熱費も全て政宗様の物だ」と必ず一線を画されてしまう。


(政宗様だって、小十郎様の心配されてるのになぁ………)


徹底的というか頑固というか、小十郎様はどこもかしこもビシッとされている。


「姫!これ美味い!」


「お口に合いましたら何よりです」

「いーなぁ政宗、毎日こんな美味い飯食べてるのか!」

「…………」

「俺もこんな可愛くて料理上手な秘書が欲しいなー」

「…………」

「あ、でも秘書じゃ無くて彼女でもいーのか!姫彼氏は?」

「はぃっ!?」


突然の質問にぎょっとする。


「………成実、苗字を困らせるな」

「なんだよー、彼氏いるか聞いてるだけだって!で、いるの?」

「おりませんが……」

生まれてこの方彼氏なんていたことない。
周りの友達は告白されればとりあえず付き合ってみる事もあるみたいだけど、私は好きになった人としか付き合いたくはなかった。


(だって、付き合っちゃったら………)


一緒にいるだけ、お話するだけ、そんなの無理なことぐらい経験のない私にだってわかる。
好きでもない人と手を繋ぐのだって、私は正直嫌だった。


「まじ?こんな可愛いのに!えーじゃあ俺と付き合ったりしない?絶対大事にするよ!」


ニコニコと爽やかな笑顔を崩さないままあっけらかんと言われ、顔が熱くなるもののあまりの事にぽかんとしてしまった。


「ん?どう?」


「も………申し訳ありませんが………お断りします………」


社長の従弟で子会社の社長。
そんな肩書の方をこんな私がお断りするなんてなんならクビにされてもおかしくない程の無礼だと分かってはいるものの、首を縦に振る事はできない。


(それに私…………)


ちらりと政宗様を見る。 
黙々とパスタを召し上がるその横顔を見るだけで、心がとくりと波を立ててしまう。


(政宗様の前でこんな話、やだなぁ………)


政宗様にとっては興味のない話だろうけど、好きな人に色恋の話なんて聞かれたくない。


「んー、そっかぁ残念だなぁー」


さして残念そうでもない、失礼な言い方をすれば呑気な声。
本気なわけ無いのは分かってるけど、誂われていい気分はしない。


(平常心、平常心………)


心を落ち着けるためにも、私はお茶を入れ直した。



「ところでさ」


お二方の湯呑にお茶を注ぎ直していると、成実様は持っていたフォークをびしっと政宗様に向けて話し始めた。


「今日は遊びに来ただけじゃないんだ」

「………何かあったか?」


政宗様の雰囲気が仕事中の緊張感を孕んだのがわかる。
退出しようかと悩んだところで成実様が胸ポケットから何かを取り出した。


「今度ホテルのオープンパーティーがあるんだ、お前も一緒に来てくれよ。これ招待状な!ピエールと提携した軽井沢のラグジュアリーだからさ、いつもよりお偉いさんが来るんだよ」


(ジョン・ピエール社との提携ホテルなんてすごそう…!)


ロサンゼルスにある提携企業、ジョン・ピエール社。
そこから出向して来ているザビエールさんとルイスさんに、私は秘書になってから何度もお世話になっていた。
主に勤務用の服装について色々と見立ててもらっていて、そのセンスの良さにいつも脱帽しているのだ。
そんな二人のいる一流企業と組んだラグジュアリーホテルなんて、一般庶民の私なんかじゃ想像もつかない。


「日程は」

「2ヶ月後の11月19日。夜だしまだ予定押さえられるだろ?」


成実様の言葉にハッとして、ポケットに入れてある手帳を確認する。


「……その日でしたらまだ空いております」

「そうか………じゃあ入れておいてくれ」

「畏まりました」


素早く手帳に書き込む。


「良かったー!最近肩肘張るパーティーばっかでさ、政宗いてくれたら俺絶対助かる」


その言葉にやっと政宗様の目元が緩んだ。


「それがお前の仕事だろう」

「ま、そーなんだけどさ!で、そのパーティーなんだけど」

くるりと私の方に身体を向けて、真っ直ぐな目で私を見る成実様。

何?と緊張する間もなく


「俺のパートナーとして出席してくれる?」


今日何度目かも分からない爆弾を落とされた。


「…は………はい?」


パーティーのパートナーなんて、私に務まるわけがない!!!


「成実様……私そんなパーティーなんて出席した事もないですし………そもそも政宗様の秘書なので………」

「そう固く考えなくていーって!ちょっとおしゃれして隣で笑っててくれたらいーからさ!夜会だし、世界中からお偉いさんが来るからパートナー必須なんだよー。な、頼むよ!」

「で……でも………」

パートナー必須と言う事は、政宗様にだってパートナーが必要なんじゃないだろうか。
そんな私の疑問を汲み取ったのか、成実様は笑って言った。

「政宗は大丈夫!女性嫌いは周知の事実だし、いっつもパートナー無しでなんとかしてるからさ!ま、今回はうちのパーティーって事で免除できるし。あ、でもほら俺は主催者側だからちゃんといないと示しつかないからさー。な、政宗!」


成実様が話を振ると、またも不穏な空気を漂わせつつぽつりと零される。


「好きにしろ」







『好きにしろ』





躊躇いのないたった一言。



それが驚くほど鋭利に私の心に突き刺さった。


別に、政宗様にパートナーとして選んでもらえるだなんて露ほども思ってない。
でも他の人のパートナーになる事をこんなに簡単に許されてしまうことが、自分でもびっくりする程辛かった。


きっと、女性嫌いの政宗様の傍に唯一置いていただけてる今の状況に、いつの間にか慣れてしまっていたのだ。

それだけで特別な存在なのだと、心のどこかで勘違いしていた。

たまたま料理がお口に合っただけだったというのに。

政宗様に取ってみれば、本当にただのお食事係で、ちょっと雑務を担当出来るだけの一社員に過ぎないのだ。


今の一言で、その事を嫌というほど思い知らされてしまった。



正直泣きたいくらい心は痛いけれど、これでも社長秘書だ。
感情をなんとか押し殺して、成実様に頭を下げた。


「お役に立てるか分かりませんが、私でよろしければお願いいたします」


その時のお二人がどんな顔をされていたかなんて、頭を下げている私には知る由もなかった。
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