こっそり政宗様BDCD2019
□60 願い事は心に秘めて
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「お忙しいのに、買い出しだなんて申し訳ありません……」
「……いや、俺にとっても気晴らしになる。たまには良いだろう」
そう言いながら振り向かれ、夏野菜で重たくなった籠を持ち直されて。
「……ん?」
空いた手を差し伸べられて、照れながらその手に掴まる。
こうして政宗様と城下を歩ける事など滅多にない為、ただの買い物なのに、なんだか逢瀬をしているような気持ちになってしまう。
(………嬉しい………)
自然と緩む頬を片手で押さえれば、それを見られてくすりと笑われた。
恋仲となってもう幾月も経つのに、穏やかな甘やかさが消えることはなくて。
(政宗様のお優しさのおかげだろうな……)
どんな時もきちんと向き合って寄り添って下さるからこそ、身分違いのこの恋がこんなにも温かく続いているのだと、改めて感謝する。
「………飾り付けも、増えているな」
想いに耽っていれば、道沿いの軒先に飾られた短冊や紙飾りを眺めながらぽつりと零された。
「はい、七夕ももうすぐですね。今年は晴れると良いのですけど………」
昨年は残念ながら雨が降り、星空を眺めることはできなかった。
「そうだな………今年は南蛮の客人の案内もある。……楽しんでもらえると良いが」
「きっと皆様喜ばれると思います!」
ザビちゃん達を通じて知り合った南蛮商人を束ねる方々が、この国の祭りに興味を示していると伝え聞いたのが先月。
以前から少しずつ交流を持っている為、今度の七夕にぜひ、と政宗様が招待することになったのだった。
「出店もありますし、飾りも七夕は独特ですし……短冊に願い事を書いて頂ければ、きっと他の祭りとは違う雰囲気で楽しいですよね」
「ああ、そうだな」
「はいっ…………あれ………?」
賑やかなその日に二人で想いを馳せていると、道端にうずくまっている女の子が一人。
「政宗様……」
「ああ」
許しを得て、そっとその子に近づく。
「どうしたの?転んじゃった?」
しゃがんで目を合わせれば、俯いていた顔がぱっとこちらを向いた。
「…………あのね………」
悲しげな目線の先は、彼女の足元に戻された。
「そっか、鼻緒が切れちゃったのね」
「…………そこで待っていろ」
そう一言残して、政宗様は一人歩き出された。
「………お姉ちゃん……?」
「ん、大丈夫よ。一緒にあのお兄さんが戻って来るのを待っててくれる?」
「うんっ」
にっこりと微笑めば、少し安心してくれたのか明るい笑顔が返ってきた。
それからすぐに、政宗様は小さな草履を持って帰ってきてくださった。
「……これを」
「はい」
政宗様からそれを受け取って、女の子に履かせてあげる。
可愛らしい紅の鼻緒の草履は、真っ白な肌の少女によく似合う。
「これ……いいの?」
私と、後ろに立たれている政宗様にも目線を向けて確認をする。
「ああ……お前のための草履だ」
「良かったね」
「うんっありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃん!」
すっかり元気を取り戻したその子は、笑顔で御礼を言ってくれるとすぐに走って行ってしまった。
「……あれでは、またすぐ切れそうだな」
「ふふ………でも、元気になって良かったですね」
「そうだな………」
微笑み合って、また共に帰路につく。
(それにしても、可愛らしい髪飾りだったな………)
少女の付けていたきらきらと光る星の髪飾りは、素人の私が見ても高価そうな、珍しいものだった。
(どこか身分の有るお宅のお子さんなのかな……?)
ほんの少し気になったものの、元気になったあの姿にほっとして、意識と会話は今日の夕餉の献立に向き始めた。
そしてその日以来、例の七夕の件で政宗様も私もそれぞれに忙しく、慌ただしい日々が続いた。
身体が慣れない暑さの中で煮詰まることも多かったけれど、時折成実様が手伝いに来てくださると空気が変わった。
そんな時は政宗様も小十郎様も笑顔が増えて、私も陰ながらほっとしていた。
今日も成実様は見えていて、夕餉の支度中、離れに顔を出して下さった。
「今日は何作ってるんだ?」
「出来るだけ涼しくなるように、素麺を冷やしてお出ししようかと」
「お、いいなっ!」
大きな笑顔は太陽のようで、見ているだけで元気がもらえる。
「七夕、今年は気合い入ってるよなぁ」
「お客様をお迎えしますから、お二人も手は抜けませんよね」
「まぁ、それはそうだけど。でもさ」
ほんの少しだけ、成実様の声が落ちる。
「お前はいいのか?」
「私……ですか?」
なんの事だろうと首を傾げれば、「はぁっ」と大袈裟に溜息をつかれた。
「七夕っていえば、恋仲が逢瀬を楽しむもんだろ!夜の宴まであったら、政宗とゆっくり過ごせないだろ?」
そう一気に捲し立てられて、顔が火照る。
「本当にいいのか?」
本気で心配して下さってるのだと伝わって、私も心を落ち着けてきちんと向き合う。
「もちろんです。……こんなにお忙しいのに、政宗様、少しでもお相手の方とお話ができるようにと、夜は南蛮語も学ばれてるんです。そんなお姿を見ていて、私もこの交流が上手くいくようにって、それだけを願ってますから」
「………そっか」
曖昧な笑顔で、それでも私の想いを汲んでくださったのか、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「よっし、そんな姫の為に俺も頑張らないとな!」
「ふふ、ありがとうございますっ」
くすぐったい気持ちと、真面目な空気を払拭するような声に笑顔になりつつも、ほんの少しだけ、記憶に心が疼いてしまう。
(………………)
『また、二人きりで出掛けよう。約束だ』
あれは去年の七夕。
二人で雨の夜空を見上げながら密かに交わした約束。
もちろんそれから二人きりで出掛けることも出来たし、これは七夕の逢瀬を約束するものでは無いけれど。
(………なんで、特別に思ってしまうんだろう……)
織姫と彦星が、年に一度だけ許される逢瀬の日。
毎日愛する方のお傍に居られて、想いを交わせている私にとって、その日を想い重ねるなんて傲慢でしかないと、分かっているのに。
日常ではなく"特別"が欲しいと願ってしまう自分が情けなくなる。
(…………こんなんじゃ、呆れられちゃう)
あんなにも真っ直ぐに日々務められているお姿を思い出せば、自然と気も引き締まる。
胸に燻る雑念を振り払って、私は夕餉の支度にまた没頭した。
「久しぶりね姫、元気にしてた?」
「ザビちゃん、ルイちゃん!」
七夕当日。
招待客との通訳も兼ねて、ザビちゃんとルイちゃんも米沢城に来てくれた。
「今日ハ楽しみダ」
「ここに来るまでの城下も、すでに賑やかだったわね!」
「政宗様の取り計らいもあって、今年は今まで以上に盛り上がってるんだよ」
たくさんの紙飾りが飾られた笹の葉が、城下の至るところに彩りを添えている。
出店も、よその地域から話を聞きつけて来た職人さんたちも出しており、奥州以外の文化も楽しめるようになっていた。
「私もそろそろ準備に戻らないと!ザビちゃん達も政宗様の所に行くでしょう?」
「そうね、そろそろ。また逢いましょう姫」
「うん、またね!」
私はこの日、城下で出されるずんだ餅の出店のお手伝いをする事になっていた。
元々は小姓として政宗様に同行することになっていたけれど、顔馴染みの甘味屋さんのご主人が体調を悪くされて、急遽代わりを務めることになったのだった。
(小十郎様はもちろんいらっしゃるし、私が居てもお役には立てないもんね)
分かっていながら、ほんの少しだけ、やっぱり寂しくて。
それでも、携われるのが政宗様の好物のずんだ餅なのだから……と、気持ちを奮い立たせながら、持ち場である出店に足を早めた。
「ありがとうございました!」
夜の帳が降り始める頃、盛況だったずんだ餅の出店は材料が無くなり、最後のお客さんを見送った。
「姫ちゃんのおかげで本当に助かったわぁ……ごめんなさいね、お城の仕事もあるだろうに」
「とんでもないです!政宗様もお許し下さってますし、私も楽しかったです」
実家でお店を手伝っていた頃を思い出して、今日一日久しぶりの接客に、私も心から楽しんでいた。
「今度また、うちに寄ってね。あの人が回復したら、とびきり美味しい甘味をご馳走するから!」
「ふふ、楽しみにしてますね!」
女将さんと片付けをしながら談笑していると、くいっと着物を引っ張られた。
「え?」
「お姉ちゃん!」
振り向けば、以前政宗様と助けた、あの星の髪飾りの女の子だった。
「あ、こんばんは、また逢えたね」
「うん!ねぇ、お姉ちゃん、一緒にきてくれる?」
「え?行くって……どこに?」
「お願いっ!」
そう言いながらくいくいと袖を引っ張られ、片付けがまだ残る私は戸惑ってしまう。
「姫ちゃん、あとは大丈夫だから、行ってやんな」
「でも………」
「ほら、この時間に一人じゃ、迷子かもしれないだろ?」
「あっ……確かに、それもそうですよね……すみません、ちょっと行ってきますね」
「ここはもう引き上げるから、終わったら姫ちゃんも帰んなさいね」
「はい!今日はありがとうございました!」
「お姉ちゃん、行こう!」
小さな手に引かれて、未だ賑やかな城下を歩く。
「ねぇ、迷子になっちゃったの?お家の人は?」
にこにこ顔の表情はそんなふうにはとても見えないけれど、女将さんの言葉に、やっぱり不安になってしまう。
「大事な人には、もうすぐ逢えるの!」
「……そうなの?なら、大丈夫なのかな……?」
どんどん歩く小さな背に迷いはなく、むしろなんだか、とても幸せそうで。
心配のあとは、行き先が気になってしまう。
「じゃあ、どこに行くの?」
「まだ内緒っ」
「内緒……?どこだろう、楽しみにしてていいのかな」
「うん、絶対嬉しいと思う!」
弾ける笑顔を向けられて、不思議に思いつつも行き先が楽しみになってきた。
それからは、他愛もない会話をしながら城下を抜けて、やがて小高い丘の上に到着した。
「見て、お姉ちゃん。お星様!」
「わぁ………きれい…………!」
七夕に相応しい、星が溢れる天の川。
城下の光も遠くなっていて、夏空なのにはっきりとした輝きに目を奪われる。
(……政宗様と……見たかったな……)
今頃はお客様を迎えての宴の最中であるはず。
それなのに、私はこんな所で綺麗な星空を見上げていて、その事にはたと我に返った。
「っねぇ、ごめん、お姉ちゃんそろそろ……………あれ………っ?」
ついさっきまで繋いでいた手は離されて、女の子の姿も見えない。
「ねぇ、どこに行っちゃったの?!」
注意を逸した自分を責めながら辺りを探すけれど、その姿はどこにもなくて。
(どうしよう……あの子しっかりしてたけど、ここまでの道は暗くて危ないし……もう、私何やって………っ)
自分の事しか考えられて無かった最近の自分に悔しくて涙が溢れてしまう。
「……泣いてる場合じゃないのに……でも……っ」
「お姉ちゃんっ」
「……え!?どこ?どこにいるの!?」
「お姉ちゃん、ありがとう。私は大切な人と一緒にいるから大丈夫だよ。だからお姉ちゃんも、大切な人とお星様を眺めてね」
「………………どういう、意味………?」
優しい声だけが響く丘の上で、溢れていた涙さえ止まるほど状況が飲み込めない。
「お姉ちゃんも…って……私どうしたら………」
「………っ姫!」
「え……………」
突然聞こえた、聞こえるはずのない声。
視線の先には、息を切らした政宗様。
「…………ど……して………」
「………お前こそ………なぜ戻って来なかったんだ………」
「あ………申し訳ありません、実はさっき前に出逢った女の子と一緒にここへ来て……」
「………女の子……?鼻緒のか」
「はい」
「………………俺も、その子に呼ばれてここへ来た」
「………………え?」
聞けば、私の戻りが遅いと心配して下さっている所に、あの女の子が「一緒に」と宴から連れ出してくれたのだそう。
どうやって城に入ったのか、どこの誰なのかを聞いても、「大切な人に逢えるから」の一点張り。
「さすがに警戒はしたが………お前に逢えるのなら、と」
「政宗様…………」
「…………無事で、よかった」
そっと手を引かれて、優しく抱き寄せられた。
色々な感情がないまぜになってしまって、また涙が溢れ出す。
「ごめ……なさ………心配かけて……宴も………」
「……宴はいい……大丈夫だ。それよりも………」
「え……?」
そっと腕を解かれてお顔を見れば、視線は夜空に向けられていた。
「綺麗な天の川だな。……今年は、お前と共に見られてよかった」
「………あ………」
『お姉ちゃん、ありがとう。私は大切な人と一緒にいるから大丈夫だよ。だからお姉ちゃんも、大切な人とお星様を眺めてね』
「…………もしかして、織姫様……?」
「ん……?」
「あ、いえ………あの……っ」
私の追いつかない感情を汲み取ったのか、そっと頬に手を添えられた。
「………まずは、この星をゆっくり眺めよう………やっと、二人きりだからな」
「……っはい……………!」
たくさんの願いが捧げられる夏の夜
言葉にすら出来なかった私のそれを叶えてくれた星の輝きに見守られながら、優しく甘やかな時間をまた少しだけ重ねられたーー