こっそり政宗様BDCD2019

□80 貴方だけ、私だけ
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「よー政宗元気かー?」

「……戻ったのか」

「お疲れ様です成実様」

「おう!姫も元気そうだな」

「はい、お陰様で」

「あ、これお前らに土産な」

「ありがとうございますっ」

政宗様の命で京に赴かれていた成実様。
久しぶりの賑やかさに、政宗様も突然開いた襖の事も咎めず、いつもより少し雰囲気が柔らかい。

「姫の実家にも行ってきたぞ」

「本当ですかっ?」

「ああ、二人共元気だった。お前によろしく、頑張れってさ。また手紙も出すって言ってたな」

「ありがとうございます……楽しみです」

なかなか実家に帰ることのできない私にとって、二人の様子を聞くことができるのは何よりものお土産だった。

(それでも、帰りたいとはもう思わないけど………)

政宗様をお傍でお支えするのだと決めてから、家族を想う気持ちは変わらなくても、寂しさはあまり感じなくなっていた。

そっとお顔を覗えば、優しい微笑みを返して下さる。

私の居場所はここなのだと、それだけで安心してしまう。

「あ、そうそう、なんか威勢の良いやつもいたな。でっかい図体で店の手伝いしてたんだが」

「え?」

「弥彦がなんて呼んでたっけな………犬………?」

「あっ……もしかして犬千代ですかっ?」

「そうそう、それだ!」

私が奥州に来る直前、戦に行くのだと離れてしまった犬千代。

(そっか……無事だったんだ………よかった………)

「知り合いか?」

「はい、幼馴染……になるんでしょうか。幼い頃は良く遊んで、兄のようにいつも守ってくれてて………」

懐かしさにゆっくりとあの頃を思い出す。
ぶっきらぼうなのに優しくて、その強さに頼りっぱなしだった。

「喧嘩も沢山して、悔しくていつも泣いてたんです」

「姫にもそんな頃があったんだなー。まぁ、度胸と根性あるもんな姫」

「そんなことは……っ」

つい気を緩めて聞かれるまま余計なことまで話してしまった。
焦りながら、ふと政宗様に視線を移すと、先程とは違って表情が固くなっている……気がする。

(あれ………?)

静かな所作でお茶を飲まれる姿はいつも通りなのに、なんとなく、違う。

「さ、俺は帰って報告書でもまとめてくるかな」

「……珍しいな、もう帰るのか」

「でなきゃ小十郎にまーた怒られるからな!たまには仕事終わらせてから飲みに来るよ」

「………ここは酒場じゃない」

「そういうなって!んじゃなっ」

にこにこと成実様が去ったあと。

なんとも言えない微妙な空気に、どうして良いのか一人戸惑う。

(書状整理の続き………でもその前に、何か話を…………)

こんな時に限って何も言葉が出て来ずに焦りだけが募る。
政宗様は黙ったまま、書状を読まれていた。

(気のせい………なのかな……でも…………)

いつもならこんなとき、一言二言声を掛けてくださってから仕事に戻られるのに。

お仕事のお邪魔はしたくないけれど、どうにか空気を変えたくて。

「政宗様、あの……お茶を…………っ」

空になった湯呑に手を伸ばして

(え……………)

その手を取られ、気づけば思い切り抱き竦められていた。

苦しい位の抱擁は、まるで縋られているようにも感じて。

「……政宗様……?」

どくどくと煩い鼓動のまま、そっと声をかける。
すぐに声は返らず、それでもそのままで待っていれば、囁きが耳に触れた。

「…………すまない」

「政宗様……?」

「………………お前を、遠くに感じた」

「え…………?」

「…………幼馴染との、話をしていただろう。俺の知らないお前を、傍で見守っていた者がいるのだと思ったら…………歯がゆさに、戸惑った」

耳元で静かに語られる想いに、顔が更に熱くなる。

(やきもち……やいてくださったの……?)

政宗様の想いを疑った事など一度も無いけれど。
それでもこうして熱い想いを告げられれば、どうしようもなく嬉しくなってしまう。

「………お前を守るのは、俺でありたい……そう思うのは、我儘だろうか………」

「そんなっ………嬉しいです……」

「ん……?」

「政宗様に、そんな風に想って頂けて……幸せです………」

「姫………」

優しい声色で名を呼ばれて。
それだけで、こんなにも胸がいっぱいになる。

(こんな想いにして下さるのは、政宗様だけ………)

愛おしさのまま、その広い背に腕を回す。
ぎゅうっと抱き着く私に、一瞬驚きながらも、改めて抱きしめ直して下さる。

「………きっと、政宗様しか知らない私の方が、沢山です」

「………そうだろうか」

「はい………こんなに愛しい想いを教えて下さるのは、政宗様だけですから………」

想うまま気持ちを伝えれば、そっと顎を掬われて。

「ん…………」

「………………………この顔を知るのも、俺だけだな………」

「………っ」

優しさと、少しの不敵さを含んだ微笑みに、益々赤くなる頬を柔らかく包み込まれて。

お互いしか知らない甘やかさをそっと確かめ合ったある梅雨の日の夕暮れーー

   
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