こっそり政宗様BDCD2019

□100 鈴蘭
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(…………今日も一日降りそうだな)


ここ数日止まない雨を眺めながら、季節は梅雨になったのだと、ぼんやりと思う。

あまりに続く時は河川の氾濫、作物への影響にも手を打たねばならない。
知らせの文も届くまでに時間がかかるため、毎年被害の大きい所はこちらから人をやって先手を打つ必要もある。


忙しない日々。


当主として、忙殺される日常こそ当たり前ではあるが、ふと思い出される穏やかさもある。


『おい梵天丸!こっちだ!』

『見つけたのか?』

『ほら!紫陽花にでっかいのが!』

『本当だ……!あ、こっちは小さい……親子かな』

『きっと親子だ!かわいいな!』

『かわいい……竺丸にも見せたいな』

『今度はこっそり連れてこような!』

『………うん!』




(…………懐かしいな)



成実と二人、こっそりと抜け出しては他愛もない事にはしゃいでいたあの頃。

梅雨になるとなぜか思い出すあの日は、特別何があったわけでもない。

けれど、庭に咲く紫陽花、雨音、梅雨の匂い。
重なれば自然、心があの日に帰っていく。


(………少し、休むか)


書状をたたみ、茶を飲もうとしたところに声がかかった。


「政宗様、お茶をお持ちしました」

「……ああ」

(本当に、なんて頃合いだ………)

「………?どうかなさいましたか?」


部屋に入ってきた姫が、つい笑ってしまった俺を見て不思議そうに首を傾げる。

その様子を見るだけで、心が落ち着く。


「いや、丁度一息つこうと思っていたからな、驚いただけだ」

「そうだったのですね、良かったです」


にっこりと微笑んで、それから「あっ」と後ろに置いていた物を手に取る。


「政宗様、庭に鈴蘭が綺麗に咲いていて………庭師の方にお願いして、分けて頂いたんです。よろしければお部屋に飾らせて頂けますか?」

「……ああ、構わない」

「ありがとうございますっ」

嬉しそうにそう言うと、さっそく文机から見える場所に鈴蘭を飾った。

「………なぜ、鈴蘭なんだ?」

「え?」

「いや………今の季節なら紫陽花じゃないかと思ったんだが……」

庭に咲き誇る花は、紫陽花が目立つ。
敢えて鈴蘭を選ぶあたり姫らしいが………

「……鈴蘭って、"再び幸せが訪れる"って花言葉があるんです。ザビちゃんが教えてくれた事があって………。鈴蘭を見かけたら、何度でも政宗様に幸せが訪れるようにと、つい………」

照れたのか、最後の方は小声になっていたが、その想いはしっかりと響いた。

「再び幸せが訪れる………」

先程思い出した幼い頃の穏やかさ。

ほんの少し、手を伸ばしそうになったその幸福とは別の、暖かく柔らかな幸せ。

「……鈴蘭は、お前だな……」

「え………?」

零れた本音に振り向いた顔は、一瞬で鮮やかな朱に染まる。

「………何度でもと、お前が願ってくれるのなら……この先幾度となく訪れるこの季節にも、こうして隣にいてくれるか……?」


雨音と梅雨の匂い、揺れる鈴蘭に、泣きそうな程の笑顔………
心が帰る幸せが、また一つーー


   
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