こっそり政宗様BDCD2019

□250 貴方の為に出来ること
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(……今日もお忙しそう………)

この所政宗様は寝る間も惜しんで御政務に励まれている。
真剣に文机に向かう横顔は日に日に疲れが色濃くなっているのに、ほんの少しのお休みも取れないよう。

(こんな時に、私は何もできないなんて……)

小十郎様や成実様のように、直接的なお力になることなんて出来ない。
細々とした雑務と、少しでも美味しく栄養のあるお食事をご用意することくらい。

(……他にも何か、出来たらいいのに……)

書状を整理しながら、難しそうな横顔にただ胸を痛めるばかりだった。





その日の宵。

灯りの消えないお部屋に、せめてと温かいお茶を運ぶ。

「政宗様、お茶をお持ちしました」

「……あぁ」

いつもよりも力の無い声に襖を開ける。
寝支度は済んでいるのに、やはりまだ書状を読まれている所だった。

「………ありがとう」

「いえ………あの、政宗様………」

「ん……?」

振り向かれて、ようやく合った瞳。

(私………最近きちんとお顔を見てお話も出来ていなかったかも……)

その事に急に気がついて、それまで無意識に押し込めていた寂しさが溢れそうになる。

けれど

「……………ぇ………?」

寂しさを取り繕う間もなく、肩に政宗様の額が乗せられた。

「……政宗様………?」

「……すまない……少し、こうしていても構わないか……」

普段決して見せることのない政宗様のその姿に、胸が甘く切なく締め付けられる。

「はい……もちろんです………」

そう言って、そっと広い背中に腕を回した。
いつも私が頼ってしまったとき、政宗様がして下さるように、優しくゆっくりとその背を撫でる。

(こんなに、お疲れだったんだ………)

お傍に居て、何をされているのかも分かっているのに、その重荷を軽くする事が出来ないもどかしさ。
その事を嘆きそうになるけれど、今だけは、肩にかかるその重みを支えられているのだと自分に言い聞かせる。

(……体勢、お辛くないかな……私の肩だと低いんじゃ……)

しばらく経ってふとそんな事を思い、政宗様のお顔を覗き込もうとすると

(………あれ………?)

左目は閉じられ、すうすうと静かな寝息が零れていた。

(…………安心、して下さったの…かな……)

今の今まで抱えていた不安が霧散して、つい頬が緩んでしまう。
こうして傍に居るだけで、この方に安らぎを与えられる存在となれているのなら………

「……そう、自惚れていても、いいですか……?」

幼い寝顔にそっと問いかけて、深く閉じられた瞼に想いを込めて口付けた。





「ん………」

背に感じる寒さに耐えきれず、意識が覚醒した。
辺りはまだ薄暗く、城の者が動き出すには早い時刻であるらしい。

(昨夜は…………)

思い返そうとして、腕の中の温もりに気づく。
寒さからか擦り寄るようにして眠る姫に、記憶が一気に戻ってきた。

(そうか、俺はあのまま………)

雪深くなった年の瀬の政務に追われ、心身ともに疲れていたが、そんな弱音を吐けるはずもなくいつも通り過ごしていたつもりだった。

昨夜も、あと少し、あと少しと山になった書状に目を通しているところに、姫が茶を淹れてきてくれた。
呼ばれて、ふと見上げれば不安げに揺れる澄んだ瞳。

ふつりと、自分の中で何かが途切れた。

愛おしくて堪らないその瞳を、ずっとこの目に映していなかった。
そのことに気付いた途端、どうしようもなくその存在に縋りたくなってしまった。
そんな気持ちは初めてだったが、悩む間もなく寄り掛かった。

久しぶりに感じる姫は優しく温かで……気づけば眠っていたらしい。
文机の前で何も掛けずに互いだけで暖を取っていたのだと思えば、甘さよりもこの寒さの中でと姫の体調が心配になる。

起こすのは忍びないが、風邪でも引かせたらと今更ながら心配で声をかけた。

「姫……起きられるか……?」

「ん………政宗様………?」

「ここは寒い、今からでも褥に……」


『っくしゅ』


ほとんど同時にくしゃみをして、互いに顔を見合わせる。

「すまない………風邪を引かせてしまったな……」

「いえ、私こそきちんとお休み頂けるように出来ていたら………」


『くしゅっ』


「…………まずいな、これは……」

「……小十郎様に、お叱り頂いてしまいますね………」


姫の予感は的中し、くしゃみだけだと言うにも関わらず小十郎に思いっきり叱られた。
そしてその日一日、久しぶりに二人でゆっくりと"療養"を取らされた事を、怪我の功名と言えばまた、叱られるのだろうか。

    
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