こっそり政宗様BDCD2019

□360 もう少し、あと少し
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手を伸ばせば届く距離

声も
視線も
香りすら

全て感じる場所なのに

(こんなにも、遠いのは……)


「姫っ!!」

簡単に距離を縮められるあいつを見ているせいなのか

「よく頑張っているな」

日々を見守り労うあいつを羨んでいるせいなのか


(………そもそも、どうして)

こんな思考に陥るのかも、それすら腑に落とせずにいる


重い胸を楽にしたくて、書を畳みながら息をつく




ことり


小さなその音に視線を流せば、見慣れた鮮やかな翡翠色

「お疲れが、取れるといいのですけど……」

遠慮がちな微笑みに、軽くなった筈の場所がどくりと一つ音を立てた


「なんで今日ずんだ餅なんだよー」

「お前は食えるだけ有り難いと思え」

「すみません、今日は青豆の良い物が出ていて、つい」

「今度は鯛焼き作ってくれよっ」

「全くお前は……わがままばかり言うんじゃない」

「小十郎だって汁粉の方が好きだろー?」

「姫は政宗様の小姓だぞ。主のことを一番に考えるのが正しい姿だろう」


その言葉に、なぜか浮ついた意識が戻る


「………無理は、しなくていい」

「え?」

隣で茶を差す姫にだけ聞こえる声で呟いた

「……大変だろう」

何が、とも言わず

伝わらなくとも、それで……


「お口に合いましたか?」

同じくらいの声音で聞かれ、ひたと味覚に意識を向ける

「ああ、変わらず美味い」

「ありがとうございます。……今日は、そのお言葉が聞きたくて……」

振り向けば、染まる頬
柔らかな笑みは俺の湯呑に

「また、お作りしてもよろしいですか…?」



"主の機嫌を取るためでなく"



汲んだのは都合の良い訳




「………お前が、作りたいときに」

「はい、ぜひ」




たい焼きでもなく汁粉でもなく
選ばれたのはずんだ餅

それ以上でもそれ以下でもない
それなのに、胸が騒ぐのは



幼馴染の喧騒の中
ふと微笑みを交わし合って

先程感じた距離を辿るまで
きっともう少し、あと少し―

   
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