こっそり政宗様BDCD2019

□364 感謝と
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静寂の中、文を一つ認め終わりそっと息を吐く。
知らず緊張していた肩をゆっくりと動かし強張りを解いた。

(………伝わるだろうか)

いや、そんな期待など端からしてはいない。
もしかすると開かれることもないかも知れない。
それでも、今この気持ちを表しておきたいと思えた。

(母上に、感謝、か……)

誕生日の前日から幾度と姫が言った言葉。
『政宗様が生まれて来て下さったことに感謝したい―』
それは俺に対してだけではなく、俺を守ってくれていた父上や、命懸けで生んでくれた母上に対してもなのだと、一度だけ遠慮がちに言われた。

境遇を知り、蟠りや溝を知ってなおそう言える姫。
そんな事を口にする者は、俺の周りにはいなかった。

(お前は一体、あとどれ程俺に大切な事を教えてくれるんだろうな……)

仄かな明かりに照らされている寝顔を眺める。
すやすやと静かな寝息を立て、あどけないその顔は見るだけで心が安らぐ。

(随分と疲れさせてしまったな……)

誕生日、あの離れでゆっくりと二人過ごした後、約束通り夕刻に成実と弦夜が迎えに来た。

城に戻れば小次郎や、小十郎を始めとした家臣に出迎えられ、そのまま宴が催された。

去年までは粛々と進行し、頃合いを見て早々に席を立っていたが、今年は開始と同時に家臣から酒を注がれ、笑顔で祝われた。
初めてのことでなんとも照れくさく、上手く言葉を交わせはしなかったが咎める者もいなかった。

城の空気が変わった事には気付いていたが、こんなにも皆との関係が変わっていた事に驚いた。
それがたった一人、目の前の愛し人のお陰なのだと思えば、本当に敵わないと心底思う。

宴は遅くまで開かれ、その間もあれこれと皆の世話を焼いていた姫。

(一番世話をかけたのは成実だな……)

酔って絡み、俺と過ごしたあの離れの一日をしきりに聞いてはからかい、挙げ句酔い潰れて部屋まで運ばせた。

やっと休ませてやれると思えば、翌朝はいつも通り起きて朝から働いてくれ、その上面倒ごとまで降って湧いた。

(あいつと会うと禄な事が無い……)


真田幸村と霧隠才蔵。
よもやまたあの奇っ怪な薬に引っ掛かるとは。
それでも、夕餉を食べ湯浴みをしたあとすぐに戻り、姫と二人でほっとしたのだ。

俺が小さくなっている間、壊れ物でも扱う様にあれこれ世話を焼いてくれ、その心労も加わったのだろう。
ゆっくりと二人縁側で話をしている間に、うとうとと微睡んでしまった。

『来年は、どんなお祝いにしましょうね』

寝入る前、本当に嬉しそうにそう呟いた。

『また……来年も皆様と……政宗様のおいわ………を……』


(来年か………)


今まで、己の生まれた日に想いを馳せることなど無かった。
ただただ苦痛で、いっそ何も無ければ良いのにとすら思っていた。

けれど、今は。

(来年は、さすがにこうやってゆっくりとは出来ないだろうな……)

それでもきっと、どんな日になったとしても、隣で笑って祝福してくれるのだろう。
そう思うだけで、心が温かくなる。
そしてその日を迎えるまでも、ずっと傍で笑っていてほしい。


「………その前に、お前の誕生日だな」


生まれた日を祝うことの大切さを教えてくれたお前に。
同じだけ、いや、それ以上の祝福を。

起こさぬよう、そっと額に口づけた。

   
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