祝辞綴り

□さくらひとひら
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まだ肌寒さの残るこの地。

今日の任務はここの御当主に書状を届けること。


(どこにいるかね……)


直接手渡せなくとも構わないが、主の好敵手でもある彼の様子を見ておきたい好奇心もある。


(小十郎さんは………あっちね)


彼に渡せば問題はない。
とりあえずもう少し気配を探ることにする。
普段いるはずの執務室、大広間に自室。
どこを探っても気配がない。


(とすると……)


もう一つ、可能性があるとするならば。


(やっぱりね………)


当主専用離から、僅かに聞こえる男女の声。


「政宗様、お味をみて頂けますか?」

「ああ…………うん、美味い」

「ふふ、良かったです。ではこれでお作りしますね」

「何か手伝うことはないか?」

「んー……ではこれをお願い出来ますか?」

「ああ」


(そんな顔も、するんだねぇ……)


普段見るのは無表情か、主と対したときの好戦的な目。
それが今は、優しく穏やかに微笑んでいる。


(良い傾向…なんだろうねぇ)


隣で笑う女の方も、それはそれは幸せそうで。


(………邪魔しちゃ野暮か)


そう思い、再び右腕の方へ目標を変えた。






「………あれ?」

「……?どうした」

「……桜の花びらが………どこから……?」

「風に乗って来たのか」

「ふふ、見てるとなんだか幸せになります」

「そうだな……」










目的は果たしたが、真っ直ぐ帰らず気まぐれで春日山に寄る事にした。


「とら、おいで」

「にゃあ」

「今日もとらは元気だね」


(相変わらず、呑気だね……)


忍のくせに気配も消さず、俺の事も気づかない。
使役の猫と、いつの間にか側にいる抜け忍と共に春の陽気を楽しんでいる弟。


「今日は暖かいね」

「ん、ぽかぽか。身体も心も」

「ふふ、そうだね」

「与七が後で、遊んでくれるって」

「そうなんだ、良かったね」

「一緒に来て」

「え、いいの?」

「一緒がいい」

「………うん、私も」



(はいはい、ごちそうさん)



とりあえず、幸せならそれでいい。

用もないので早々に帰るべき場所に足を向けた。







「?頭、なんかついてる」

「え?」

「………花びら?」

「本当だ、桜かな?まだ何処かに残ってたんだ」 

「可愛いね」

「うん、可愛い……」







(全く、参るね……)


春の陽気だけで無く、行く先々で熱に当てられるとは。
やはり寄り道なんてせずにさっさと帰っておくべきだった。


先程も、道すがらいつもの面倒な北条の忍に出食わした。


「才蔵さああああんっっっ!!!」

「風魔さんっ!?」


いつもなら俺を嬉々として殺そうと鎌を振り回してくるくせに、今日は誰かと一緒らしく、声に止められ追いかけても来やしない。


「風魔さんっ!今日は逢瀬なんですから……私と一緒にいてください……」

「才蔵さんを殺すより、その方が嬉しいですか?」

「もちろんですっ」

「…………じゃあ今日はここにいます」



(全く……どいつもこいつも飽きれるね……)



そうは、思いつつ。

この無情な乱世で自らを変えるだけの存在がそばにいる事の幸せを、知ってしまった。
帰る脚が、また自然速まる。







「あ、桜………」

「桜ですか?」

「はい、ほら花びらが……」

「こんな沼地にそんな綺麗なものがあるなんて、おかしいですね」

「そうですね……でも嬉しいです」

「そうですか、なら、良いです」










漸く躑躅ヶ崎館が見えてきた。
自分の気まぐれのせいとは言え、何もしてないのにほとほと疲れた。

早く休みたいのをぐっと堪えて、主に帰還を報せに向かう。



(鍛錬中じゃないのか………)


いつも暇さえあれば汗を流していると言うのに、今日に限って稽古場にいない。

面倒だが仕方ない、とりあえず屋敷中気配を探す。


(外に出てるんじゃないだろうね……)


それであればもうお手上げだ。さっさと切り上げて部屋に帰ろう。

そう思っていれば普段あまりいない裏手の縁側に気配を見つけた。


(………全く………今日はなんなのさ)


気配は二つ。

にこにこと幸せそうな女と、その膝に真っ赤な顔を乗せた主。



「幸村様、どうなっつまだ召し上がりますか?」

「いや………またあとでもらう……今起き上がるのは惜しいからな……」

「え…………ふふ、膝枕くらいいつでもします」

「いやっその………いざするとなると……恥ずかしいだろうっ!」

「そうですね、ちょっと恥ずかしいですけど……私は嬉しいです」

「…………そうか、俺もだ」



(……………平和だねぇ)


どこもかしこも、春の陽気にやられてしまっているらしい。
真面目に任務をこなした自分が酷く滑稽に思えてきた。



(帰ったからね幸村)



心の中で報告をして、俺は休む場所へと足を向ける。








「あ、幸村様………」

「どうした?」

「ほら………花びらが落ちてきました」

「花びら?」

「桜……でしょうか?」

「もう終わったと思っていたが………」

「なんだか優しい色ですね」

「ああ………そうだな」











「それ、俺の?」

「っわぁっ!!!」


自室に向かうよりも先に。

炊事場で一人せっせと団子を拵える姫の元を訪れた。

肩に顎を乗せ囁やけば、飛び上がって驚いた。


「くくっ……その顔何」

「だ………だって才蔵さんが驚かすから………!」

「はいはい。で?それ俺のでしょ、食べていいの?」


山と積まれた団子。
味は全部で四種類。


(いつもより、気合が入ってるねぇ)


「えっと………これだけならいいです……」


差し出された三色団子。
受け取り口にしながら尋ねる。


「他のは?」

「完成してから、ちゃんと渡します……」

「ふーん、そ。」


どうやら考えがあるらしい。
普段なら悪戯に邪魔して反応を楽しむところだけど。


(ま、今日くらいは付き合ってあげようかね)


一日色惚けに当てられたからか。
それとも今日が、俺に関する彼女にとっての特別な日だからか。

分からないけど、どっちでもいい。


「お前さん、なんか言いたい事あるんじゃないの?」

団子の串を放り投げる。


「あ………お帰りなさい才蔵さん」

「ん」


花が綻ぶ笑顔が見れて、今日一日の疲れが取れる。


「もう一つは、あとでちゃんと準備が出来てから言います」

「そ」


それはそれは、嬉しそうにはにかむから。
桜色の唇に一つ優しい口づけを。


「さっ…………才蔵さんっ!!!」

「ん?誰もいないしいいでしょ別に」

「誰か来たらどうするんですか!」

「いいんじゃない?みんな割と気にしてないよ」

「へ?」



それぞれ気を付けてはいるんだろうけど。
あれだけ見せつけられたんだから、何処で何しても構わないだろう。

姫にとっては理不尽だろうが、今日くらいまぁ大目に見なよ。


「もう………お誕生日の今日だけですからねっ!」


見透かしたような台詞に笑って。

仕上がったばかりの団子と姫を抱えて、俺は自室に飛び去った。



ーーーーーー

桜の花びらはあなたからの“いいね”。
本編をやってない私が知るのは、誰の話でも蔭から優しく見守ってくれる才蔵さんだけ。

そんな貴方に感謝を込めて。
お誕生日おめでとうございます!
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