奥州ホールディングス資料室
□社長と恋する十二月
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「ま…………また……ですか………?」
至極真面目な顔の小十郎様と、視線を逸らされている政宗様を前に、私はあまりの衝撃に開いた口が塞がらない状態だった。
「この短期間に二度も頼んで申し訳ないが、他に頼める者もいない。やってくれないか?」
そう小十郎様が私に頭を下げてまでお願いされているのは、12/25に行われる最上商事主催のクリスマスパーティーで政宗様のパートナーを務める、という話だった。
「で……でも、この間もあの後大変だったじゃないですか……!」
成実様にお誘い頂いた軽井沢でのパーティーで、私は最終的に政宗様のパートナーとして出席した。
私は特にこれと言って何かした訳でもなく、名だたる著名人と歓談する政宗様の横で笑顔を絶やさず立っていただけだったのだが、その“政宗様の横に立つ”事がそもそも大問題だった。
次の日にはネットや週刊誌に政宗様と並ぶ私の写真が載り、『あの独眼竜に恋人か!?』なんて煽り文句が街中を駆け巡った。
会社にも記者やカメラマンが押し掛けてしまい、その日は騒然としたのだ。
ただ、騒ぎはその日だけで、翌日には写真の載った雑誌やネットの記事は姿を消し、会社にも記者は現れなかった。
(……きっと買収したんだろうなぁ………)
何をしたかは聞かされていなかったけれど、あの騒ぎをたった1日で収めるなんてそうとしか思えない。
そんな騒ぎをまた引き起こしてしまうのかと思うと、小十郎様の頼みでも素直に頷けなかったのだ。
「騒ぎなら心配いらない。パートナーは必須だし、苗字は政宗様の秘書なんだから、堂々としていればいい」
真っ直ぐな目で諭される。
確かに、秘書がパートナーとして連れ立つことは珍しい事でもないみたいだけど、そこはやっぱり政宗様だからこそ騒ぎになるわけで………
うーんでも…とまた悩み始めた私に、それまでずっと視線を逸して黙っていた政宗様が静かな声で仰った。
「………お前にしか頼めない。やってくれないか?」
(………………そんな言い方、ずるい………)
好きな人にこんな風にお願いされて、断れる人がいるなら今すぐここに連れてきてほしい。
政宗様や小十郎様、もちろん会社全体に迷惑が、と悩んでいた私の頑なな思考は、恋する乙女心を前に脆くも崩れ去ってしまった。
「…………わかりました。私で良ければ…………」
そう答えれば、政宗様はほっとその表情を緩められ、小十郎様はにっこり微笑まれた。
「頼りにしてるよ苗字。でだ、今回のパーティーは政宗様の伯父上主催だから、このリストに載っている顔と名前、会社名、役職を当日までに覚えておきなさい」
小十郎様は厚さ5センチはあろうかと言う書類を渡してきた。
中を見ればびっしり、出席されるのであろう方々の情報が載っている。
「ちなみに社外秘ではあるが、漏れて困ることは載せていないから自宅に持ち帰っても構わない」
そう仰る小十郎様のお顔には既に先程の笑顔はない。
「小十郎、流石にそれは………」
「いえ、いずれ必ず必要になりますし、前回の様に甘くない事は政宗様もよくお分かりのはずです。苗字、お前ならやれると信じてる。政宗様に恥を欠かせないよう励みなさい」
「は………はい!」
正直一月しか猶予のない状況でこの情報量を頭に叩き込むなんて無謀だと思っていたけれど、こんな風に言われればやるしかない。
きっと家に持ち帰っても良いように、これは小十郎様が私の為にわざわざ用意して下さった資料だ。
その苦労とお心遣いを蔑ろにも出来ない。
(大丈夫、記憶力は悪くないもん…頑張る……!)
心配そうにこちらを見つめる政宗様に「頑張ります」と笑顔を向けて、私は退出させて頂いた。
自分のデスクに戻って一呼吸。
私はそっと、いつも持ち歩く手帳を開いた。
その裏表紙には、政宗様とのツーショット写真。
(雑誌の切り抜き、しておいて良かった………)
週刊誌はもちろん私の手元にも渡り、見たときは事の重大さに青ざめたけれど、よくよく考えればその写真は初めての政宗様とのツーショットだったのだ。
しかもドレスアップのおまけ付き。
(こんなの、もう二度と手に入らないもん…!)
こっそり自宅に持ち帰って切り抜いて、いつでも見られるように手帳に挟んでいるのだ。
これを見ると、辛い残業も私の能力を超えた業務もなんとか乗り切れるから不思議だ。
『政宗様に恥を欠かせないよう励みなさい』
写真を見ながら小十郎様の先程の言葉を胸に刻み、無謀とも思える出席者の暗記に向けて私は気合を入れ直した。