奥州ホールディングス資料室

□社長に恋して三ヶ月
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政宗様が初めておかわりをして下さってから約一ヶ月。

あれから、朝食の卵焼きは二切れから五切れになった。
最初に三切れ、最後に二切れが定番になって一週間が経つ。


「全部食べたい」


そう仰る政宗様のお気持ちを汲みたいのをぐっと堪えて、私は毎日五切れを添える。
卵焼き以外にも卵は使うので、健康のことを考えると卵ばかり食べていただくわけにはいかないのだ。 

でも、週に一度は一本丸々お出しする。
その日は他の料理に一切卵を使わないと決めているので献立を考えるのが結構大変だけれど、嬉しそうな政宗様の顔を見られるから、ついつい頑張ってしまう。


五切れになる前、どうしても沢山食べたかったのかこんな会話をした。


「卵焼き、一本ではだめなのか?」

「だめです、他の料理にも卵は使いますし、政宗様の健康を考えれば本当は毎日お出しするのは多いかなと思っているくらいです」

「…それは…社長命令でもだめなのか?」


(卵焼きに社長命令…!?)


「…………だめです。お食事を任されているのですから、きちんと栄養管理もさせて頂きます」

「…………意外と頑固だな………」

「申し訳ありません、でもこればかりは譲れないです」

「そうか………わかった」

「ありがとうございます」


まさかたかが卵焼きに社長命令なんて言葉が出てくるとは思わずびっくりしたけど、なんだかそれがあまりにも可愛すぎて。
次の日の朝食にはその週二本目となる丸ごとの卵焼きをついつい出してしまった。




(そろそろお昼ご飯の支度しないと…)


手を付けていた作業に区切りを付け、キッチンへと向かうために席を立った。

その時。



バンッッ



勢いよく扉が開かれ、突然の事に一瞬呼吸が止まってしまった。

扉の方に目をやれば、精悍な顔立ちのこれまた美丈夫が目をまん丸にして立っていた。


(誰…………見たことない…………)


ここはあくまで社長室。私のいる秘書スペースがワンクッションあるとはいえ、ノックもせずに入ってくるなんて通常では絶対に有り得ない。

おまけに秘書になって丸四ヶ月経った私がまだお会いしたことの無いお方。
最低でもこの会社の方では無いことだけはわかる。

こんな異常事態に頭が働くわけもなく、その方の顔をまじまじと見つめてしまっていた。

一瞬とも永遠とも思える程の沈黙。


先に口を開いたのは男性の方だった。



「えーと、誰?」


(私が聞きたいっ………!)


「あ、えと、伊達社長の秘書を務めております、苗字姫と申します」

なるべく丁寧に頭を下げた私の言葉に、その方はまた目をまん丸にした。


「え?!政宗の秘書?!女の子だよな君!?」


(ああそうか…………)


政宗様の女性嫌いは会社の内外を問わず有名な話だ。
女性らしさや色気なんて皆無のこんな私でも、女性であると言うだけで政宗様のお傍にいる事は本来なら有り得ない話だった。


「はい、あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。政宗様とお約束があるか確認させて頂きたいのですが……」


そう言うと男性はハッとして、満面の笑みを浮かべられた。

「俺、伊達成実!政宗の従弟なんだ。久々に遊びに来たから君のこと全然知らなくてさ!ごめんな驚かせて」


(伊達成実様って………あの子会社の社長さん?!)


奥州ホールディングスの子会社でリゾート業全般を任されている『OMORI Oversea Resort』。
社長自ら世界を飛び回って国内外にホテルやリゾート施設を多数開発していると聞いている。


(そんなすごい方が…………)



人懐っこい笑顔と砕けた物言いに、私はすっかり緊張を解いてしまった。
こういうところがきっと世界で活躍できるこの方の魅力なんだろうとこの一瞬でも理解出来てしまう。


「あ………えと………大変失礼しました。政宗様なら、もう少しで会議からお戻りに………」


「成実」


私がしどろもどろになっていると、成実様の後ろから政宗様の声が聞こえた。


「よぉ政宗!元気か?久々だなぁ!」

「暫く見ないと思っていたが……お前も相変わらずだな」


(あ、嬉しそう………仲良しなんだろうな)


政宗様の表情が柔らかい。
小十郎様と雑談してる時の様な砕けた雰囲気が見て取れて、私も嬉しくなる。


(そんな方、なかなかいらっしゃらないもんね……)


政宗様は女性嫌いというか、人嫌いだ。
社内の重役の方々すらほとんど寄せ付けず、小十郎様を介して対応されるほど警戒心が強い。

そんな政宗様に近づく人もなかなかいないので、こうした場面を見ると自分の事みたいにほっとする。


「ところで政宗、いつ彼女ができたんだ?こんな可愛い子いるなんて聞いてないぞ俺!」


(かっ…………彼女!?)


成実様の発言に顔が一気に赤くなる。


「…………彼女じゃない、秘書だ」


政宗様はじろりと成実様を睨んで訂正された。


「いやでもお前が女の子の秘書置くなんて、絶対特別な理由があるだろ!なんでこの子秘書になったんだよ?」

「うるさい、いいだろうなんだって」

「よくない!!お前これ大事件だぞ!むしろ俺良く知らなかったな!!」


「騒いでいると思ったら……成実、ここをどこだと思っている」


扉の前で騒いでいたお二人の更に後ろから、小十郎様の冷たい声が響いた。


「小十郎!久しぶり!!なぁなぁ、この子、姫だっけ?なんで秘書になったんだよ!」


(名前…………!)


もう覚えて下さったのか、なんて余裕な思考は残念ながら持ち合わせていない。
男性から呼び捨てにされるなんて経験ほとんどない私はびっくりして固まった。


「わかったから落ち着け。苗字、悪いがお茶を。あと政宗様の昼食の準備は大丈夫か?」

「あっはい!すみませんすぐに!」

この十分と満たない間に色んなことが起こって完全に思考停止していた私は、小十郎様の厳しくも憐れみを帯びた声に呼び起こされて、キッチンへと急いだ。
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