企画用(短め)

□茂一✖元生徒
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たくさんの時間を2人で過ごした。



たまたま仕事帰りの駅のホームで、久しぶりの再会をしてそのまま飲みに行けば、生徒と教師ではなく、社会人となった私の相談にたくさん乗ってくれ、そしてまた会う約束をして飲みに行けば、また会う約束をして…何度も2人で会った。

それから何度も、一人暮らしの部屋に招いた。

一緒にいることが楽しくて安心できて、飽きもしなくて、会える日はいつも以上に仕事も頑張れた。

とにかく一緒に居て、居心地が良かった。



だから私は田岡先生に甘えてしまっていた。

私が会いたいと言えば会いに来てくれ、私がまだ一緒にいたいと言えば眉を下げて困ったように笑いながらも、仕方ないな…と言ってそばにいてくれた。

だから今でもこうして、元生徒だった私が田岡先生と毎週のように会っている。



だけど、田岡先生とは何度も一緒に夜を過ごしたが、一線を越えたこともなければ、越えるつもりもない。

だけど田岡先生への気持ちが全くない、と言えば嘘になる。



今以上の関係になれないのは、

田岡先生の左薬指には、指輪が嵌められているから…。









「苗字?どうした?」

『先生に話しがあって…』

「なんだ?改まって…いつもお構いないしに話すだろう。」



呆れたように鼻で笑う田岡先生に私の胸がチクリと痛む。

言いたくない、けど言わなきゃいけない。
嫌でも目に入る指輪に眉を顰め、真っ直ぐ田岡先生を見つめた。



『先生に会うの、今日で最後にします。』

「…………は?」



口に入れようとしていたサバ缶のサバをぼとりと落とす田岡先生はキョトンと目を見開いていた。

いつものように仕事帰りに家に招いて飲んでいた時の事だ。先生も、いつも通り、私の仕事の愚痴を聞いてくれるつもりで来たんだと思う。

けど私は、田岡先生や田岡先生の奥さんの人生を狂わせるような行動に出てしまう前に、会うのをやめようと決めた。



わざわざ言う必要はなかったかもしれない。
連絡を取らなきゃ、会うこともないのだから。

だけど、言ってしまったのは先生の反応が見たかったから…。

なんて嫌な女なんだろう。

キッパリと終りにできればいいのに、会いたいと言えば会いに来てくれる田岡先生に僅かな期待に胸を膨らましている自分がいる。

先生たちの人生を狂わせたくないと思いながら期待している私は正真正銘のクズだ。



「あぁ、そうか…彼氏でもできたんだな…」

『……………』

「…違うのか?」



黙る私に、田岡先生もそれ以上は何も言わずに黙ってしまった。
静かな部屋にテレビの音だけが僅かに響く。

お互い何も発さずにしばらくが経ち、痺れを切らした田岡先生は、お手洗いへと行った。

我ながらタイミングが悪かったなーと思いながら、机に顔を伏せた。

何も部屋に招いてすぐじゃなくて、帰り際に言えばよかったな…。



田岡先生が何も言わないのは、
やっぱり私の気持ちをわかってるんだろうな…。



「なんだ、寝たのか…?」



戻ってきた田岡先生に、咄嗟に起き上がることも出来ずそのまま寝たふりをした。

ブランケットを肩から掛けてくれて、しばらく田岡先生はテレビを見ながらお酒を嗜んでいた。

その間に本気で寝てやろうとも思ったけど、寝れるはずがなくそのまま寝たふりを続けた。



「苗字…」

『………………』

「帰るからな…」



最後の最後まで起きるか迷いながら寝たふりを続けていると帰り際に、頭をトントンと手を置かれ、じわりと涙が滲んだ。



「じゃあな…。」



優しい手付き。優しい声。

最後なんだから素っ気なくてもいいのに。
もう会いたいなんて思えないくらいに傷つけてくれてもよかったのに。

バタン…と玄関のドアが閉まる音がして喪失感に襲われた。


勝手に田岡先生を好きになって、
勝手に会うのは最後だと決めて、

勝手に期待に胸を膨らませて、結局そのまま帰るんだったら傷つけてほしかったなんて、本当に身勝手で私はどうしようもないクズ。


本当にこれが最後か…なんて自分で言っておいてモヤモヤが晴れない。

自分勝手でいい。後悔したくないだけ。

私は走り出していた。







『先生!!田岡先生!!』

「………苗字?」



いつもタクシーを拾うのに歩いていた先生の背に向かって叫べば立ち止まって振り返り、私が追いつくのを待ってくれた。



『今日はタクシーは…?』

「あぁ…たまには歩いて帰ろうと思ってな…」



どこか寂し気に笑う田岡先生に胸が締め付けられる。ずるい。都合の良い事を考えちゃう…。



『先生はどうして私が会いたいって言えば来てくれたんですか…?』

「……………」

『ハッキリと言葉はなかったけど、私と先生は…!』



涙がこみ上げてきそうになるのをぐっと堪えて先生を見れば、目を瞑って眉を顰めていた。

その表情は、それ以上は何も言わないでくれって言っているように思えて私は口を閉じてしまった。

そして、ふといつも目に入る指輪が嵌められていなかった。



『あれ…先生、指輪は…?』

「………外した。」

『え…?』

「俺が嵌める時はいつも、苗字に会う時だけなんだ…。」



外していた指輪をポケットから取り出してまた左の薬指に嵌めた先生は、長いため息を吐いた。



「この指輪があれば俺は、苗字と居ても冷静でいられると思ったんだ…。」



僅かに口角を上げて目を細めて告げた先生に私の胸が高鳴る。



「苗字、決めたぞ。」

『え?』



自分の指輪を見つめながら笑った田岡先生は、私を見据えて口を開いた。



「元生徒のお前と、教師の俺が会うのはこれが最後でいい。だけどな…」




""次に会った時は、ただの他人だ。""










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『嘘…今日、雨だったの?』



仕事が終わり、最寄り駅を降りればタイミング悪く雨が降ってきた。

梅雨明けってまだだったっけ?と思いながら近くのコンビニまで走って傘を買うか、家まで濡れて帰るか悩んでいた。



「良ければ一緒に入りませんか?」

『えっ?』



突然、背後から声を掛けられて驚きに振り向くと、そこには1年ぶりの…



「送りますよ。」

『せ、せんせ…?』



驚いている私とは違って微笑んでいる先生に戸惑いを隠せない。

だけど…。



『お願いします…』

「はい、どうぞ。」



左側にどうぞといった感じでスペースを空けてくれ、大きな傘の中に入り込む。

傘を持っている先生の手はとても綺麗で…。



『お礼に1杯、奢らせてくださいませんか?』

「それは楽しみだ…」






Fin








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