或る街の群青

□紺碧の空、成長の印
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荷馬車の後方についたホメロスとグレイグとベルナデッタは、それぞれ馬の背に跨り揺られながら、砂に囲まれたサマディーへの道を進む。
よく晴れた空の下、初めての遠征ではあるが、随分と旅慣れした様子のベルナデッタに、はじめこそは物珍しそうに遠巻きに見ていた兵士たちも、少し関心を示したように話すことが多くなった。
ベルナデッタはデルカダール王国を暫く離れて修行をしていた。その頃に聖地ラムダとドゥルダ郷を定期的に行き来するだけでなく、飽くなき探究心から、ニマ大師に頼み込みクレイモラン地方の古代図書館にも足を延ばす程、旅には慣れたものだった。
ホメロスですら内心では、彼女は果たして馬に乗れるのかと心配していた程だ。王国へ戻って来た彼女は馬車に乗っていた為、そう考えていた兵士は多い。しかし軽い身のこなしで颯爽と馬に跨り手綱を握る姿は安心して見られる程達者なものだった。
「乗馬は習ったのか?」
馬の蹄が地を蹴る度に大きく揺れる胸にはなるべく目を合わせないようにしながら、ホメロスは問う。
ニマ大師が乗れる方が便利だって言うから教えてもらったんだ、と少し懐かしむように目を細め、ロンググローブ越しでも分かる小さな手で、馬の鬣をそっと撫でた。
「魔法は得意だけど、杖やレイピアを使った物理攻撃は全然ダメなんだよ。あたっても、力が弱いからダメージを与えられないんだ。どれだけ修業を積んでも、それだけはどうしても変えられなかった……。ほら、ホメロス。君も覚えてるでしょ?小さい頃にグレイグとホメロスが剣のお稽古をしていて、私も魔法以外で戦ってみたかったから特別にいろんな武器を試させて貰った時の事!」
ベルナデッタ本人にとって、その時の思い出は随分の苦いモノらしい。眉間に見慣れない縦皺を作り、不満そうに唇をツンと尖らせる。
ベルナデッタの話でふと蘇った記憶に、ホメロスは小さく唇を緩めた。
確かホメロスが7つを過ぎた時の事。2人の稽古の様子を見ていたベルナデッタが教官である兵に頼み込み物理攻撃の練習をさせて貰う事になったのだ。
しかし小さな彼女には当時レイピアですら持って振る事も叶わず、仕方なく小さな弓を持たせる事にした。
的へ向かっての弓の引き方を教えてもらいながら構えた。見た感じではフォームに問題は見受けられない。ぎりぎりと音を立てて引き絞られ、やがて彼女の手によって放たれた矢は、一体どういう原理が働いたのか、後方から見守っていたホメロスとグレイグの足元へひょろひょろと力無く飛んだ。いや、飛んだというよりは転がり落ちたと言う方が正しいのだろう。「おかしいなぁ」と呟いたベルナデッタだったが、その場に居た彼女以外の三人には分かってしまった。
ベルナデッタには壊滅的に弓のセンスがないのだ、と。
教官兵士が気をきかせて鞭を持ってきて使わせても、何故か的に掠る事も無く、先刻と同じく、後方に居た2人へ当たるのだ。
彼女はそれから何度も挑戦したが、一度も的に当たることはなかった。
後方に控えたホメロスとグレイグに当たる旅に謝る姿は本当に一生懸命で、誰が見てもふざけて態と外しているようには見えなかった。
今にも泣きだしそうで、目に涙を溜めて、2人に嫌われたくないと精いっぱいの困ったような不器用な笑みを浮かべながら、ぽろりと泣いたベルナデッタを忘れるはずが無かった。
「向き不向きは誰にでもあるさ」
「そうだ、ベル。オレだって力はあってもホメロスみたいな細かい芸はできないから」
それから三人で仲良く肩を並べて城に戻ったのだ。
あの頃、自分はグレイグに力では適う事が無く、小さな劣等感を胸の内に秘めていた。どれだけ細かな小技を会得したところで、全て力で押されて無かった事にされてしまう。自分の頑張りが無に還されるような気持ちの中でも、それを成しえてしまうグレイグを尊敬すらしていた。自分も追いつきたい、隣に立って良き友でありたいと。
だからベルナデッタが武器を使いたいといった時、すんなりと彼女の中にも小さな劣等感というものがあったのだと理解した。本人はその気持ちが劣等感なのだと気付いていないようだが、彼からすれば、自分に無いものを持ったベルナデッタが、実は同じ場所にいて近い存在なのだと安心したのだ。
自分が初めて出会った、図書室の金色の天使のまま。それはグレイグに劣等感と尊敬の念を持ったホメロスにとって何よりも心の中に穏やかな風を送る、広大な空のようだった。
あの頃を思い出し、不満そうに頬を膨らませたベルナデッタを横目に小さく笑う。
「ホメロス!君、今笑ったね?ひどいよ!」
「いやいや、そうか。昔と変わらず物理攻撃はからきしかと思ってね」
「でも、魔法詠唱しながら敵の攻撃を避ける訓練に絞ったから!MPが尽きない限りは大丈夫だよ!」
一回、二回、三回に分けてさらに大きく頬を膨らませ、まるで栗鼠の頬袋のようになったベルナデッタだった。


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