或る街の群青

□金色の妖精たちと菫色少年
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二人が出会ってから季節が二つほど過ぎさり、空を美しい紅色の夕暮れに彩る秋に変わっていた。秋の風物詩と言われる金木製の花が咲き、甘い香りを風にのせ、夏に子を成した燕たちの旅立ちを見送っていた。燕たちは温暖な南方へと翼をはためかせて飛び立っていってしまったらしく、少し前までは雛たちが小さな顔を出していた巣は空っぽになり、また次の春に彼らが戻ってくるのを待っているようだった。
図書室の窓のすぐそばにあった空っぽになってしまった巣を眺めながら、ベルナデッタはひと息つくと、読み終えてしまった神話を題材に綴った物語の書かれた本を元あった棚の位置へと戻す。
魔法座学と実技演習の合間にこうして図書室へと足を運ぶ彼女は、今日も魔法学と礼拝堂でのお祈り以外の時間を日課となってしまった読書にあてていた。
読書はとても良い事だ。自分にはない知識、知らない風景、そして心を震わせるような数々の冒険を教えてくれる。まだ小さな自分にはこの国を出て旅をすることはできないが、読む事によって今は叶える事の出来ない壮大な世界への冒険を成す事が出来た。
すぐ傍で次に読む本を物色しているホメロスの腕をツンツンと突き、ベルナデッタは棚から抜き取った一冊の本を差し出す。
「ホメロス、この前竜の神様のおはなし読んでたでしょ?これも同じ伝承を元にして書かれたお話だったから読み比べてみたらどうかな?冒険譚じゃなくて歴史書に近かったけど、遠い昔に竜神様を祀る一族が残した遺跡のこととか、習わしとか載ってて、冒険譚のおはなしを多方面から見れると思うよ」
「ありがとう、ベル。今日はこれを借りていくよ」
差し出された本を手に取り興味深そうに表紙を見ると、ホメロスはそのキャンバス地のザラリとした手触りの背表紙を指先で撫でる。
古い表紙は少し毛羽立っていたが、箔押しされたタイトルは指で擦れば埃が落ちきらりと姿を現した。そして彼は満足そうに小さな鼻をふんと鳴らすと切れ長な目をきらめかせて表紙を捲った。

ホメロスとベルナデッタは、図書館で顔を合わせるたびにお互いが最近読んだ本についての感想や、相手へのお勧めの本、互いの知っている物語の考察、他愛のない日常の会話などを繰り返す日々を送っていた。
隣同士で椅子に腰かけて本を開き、小さな顔を寄せて本に夢中になりながら話をするだけでは物足りなくなり、ベルナデッタもホメロスも夜にこっそり自室を抜け出しては本を抱えてお互いの部屋を行き来するようにもなった。
あの臆病で人と目が合うと言葉も出せなくなってしまう程に人見知りだった少女が、楽しそうに笑いながらホメロス少年と本を抱えて会話をするのを見た城勤めの兵士やメイド達は、そんな二人を「本の虫の二人」ではなく、いつしか「本の金色の妖精たち」と呼び、微笑ましく見守った。整った顔立ちで、蜂蜜色をした金髪を二人揃って揺らして歩く小さな背中は、そう形容されるのも納得のいく愛らしさがありメイド達の目の保養として注目を集め始めたのだった。彼らに廊下ですれ違えば、メイド達のエプロンのポケットからは次々に飴やビスケットが飛び出し2人の小さな口に詰め込む。そして彼女たちは「おいしいですか?まあ!まるでリスのようにほっぺが膨らんで愛らしいですわ!」と、まるで御伽噺に出てくる妖精にでも出くわしたかのように、みんな揃って夢見る乙女の顔で甘い吐息を漏らした。キャッキャと黄色い声を上げた彼女たちにフニフニと頬を突かれたり、長い髪を手の込んだ髪型に変えられたりと、随分好き放題に扱われたが、そんな状況になれていないホメロスとベルナデッタは恥ずかしそうに頬を赤らめながら彼女たちの戯れに黙って応じるのだった。

秋になりデルカダール王国は収穫祭の準備で皆忙しそうな民で溢れていた。
せかせかと忙しなく働いているが、辛そうな顔をする者はおらず国民たちの表情は心踊るような明るさを持ったまま、準備に勤しんでいた。
そんな時、バンデルフォン王国から息も絶え絶えな様子で馬を走らせてやってきた男がデルカダールの関所にたどり着いたことにより、収穫祭への賑わいは一気におどろおどろしい雰囲気へと暗転したのだった。
その男は精神的にも肉体的にも疲弊しきっていて、デルカダール城に到着し謁見の間に通されると涙ながらに祖国で起きた出来事を伝えた。
芸術と花の都と呼ばれたバンデルフォン王国は、恐ろしい事にたった一夜にして魔物の総攻撃によって滅ぼされたらしい。
謁見の間でその話をきいたデルカダール王はすぐさま兵団をバンデルフォンへ向かうように指示し、生存者の保護と残った魔物の討伐を命じた。
ざわざわと落ち着きのない様子の大人たちを柱の陰からうかがっていたホメロスとベルナデッタは、目を丸くしてお互いの顔を見合わせる。
先ほどまで城内で二人を金色の妖精たちと呼びその髪を掻き撫でていたデルカダール王国の兵士たちが、切歯扼腕した面持ちで武装し、デルカダールからバンデルフォンへと出向いて行った。
城勤めする者達は皆、その恐ろしい出来事に不安を隠せない様子で、出陣する彼らのだんだん遠ざかり小さくなっていく背中を、いつまでも、無事帰ってくるようにと願いを込めて見つめていた。
ホメロスとベルナデッタはそんな大人たちの様子を見て子供ながらに大変な事件が起こっているのだと何となく察し、ざわざわと恐怖心と不安が心を乱してしまうのを何とか抑えようと、どちらともなく手を繋ぐ。
「……バンデルフォン、なくなちゃったの?」
ベルナデッタが言った。水色の瞳を不安そうに揺らめかせながら眉尻を下げ、握った手を震わせていた。
ホメロスはそんなベルナデッタの手の震えを隠す様に両手で包むと「分からない」と一言だけ言った。

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