小説

□無くなるのは
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以上でとある少女の話は終わりだ
じゃあもう少しだけ話に付き合っておくれ
次は、先ほどの少女が大人になってとある人と出会った話だ
こいつぁちょっとばかし長くなるかもしれんがね、まぁ、BGMだと思ってくれりゃいいさ
真面目に聞かれるほうが恥ずかしいからね








ソイツ――名前は名無しさん
名無しさんとその婦人が出会ったのはこの町でも名のあるカジノだ
名無しさんは別に裕福なわけでもない
それどころか生活が苦しい市民だったんじゃないかね
そんな奴が有名なカジノに足を運べたのは、そう、想像している通り賭けに強かったからさ
婦人は直接見たわけではないが、話によるとルーレット、チェス、スロット、ポーカー……あらゆる賭けに勝ってたみたいだ
婦人はそんな奴を見たいと思ってね、普段はVIPに閉じこもってたが、名無しさんが来場したとき部屋から出たのさ
婦人は、びっくりしたさ。その名無しさんってやつを見て
カジノで大勝ちしてるくせに、みすぼらしい恰好をしているのも驚いたが――こいつ、本当に人間か?と思うくらい表情がなかったからね
瞬きしたり、呼吸で鼻が動かなければよくできた人間型のドローンかと思ったくらいだよ


「おいアンタ。大勝してるんだってねぇ」


話しかけて、こちらを振り向かれたら思わず肩が上がっちまったよ
だって、何も考えてない目はまるで吸い込まれそうな――こういう例えは好きじゃないんだけどね――ブラックホールみたいな目で見つめられて、何でもかんでもお見通しってな気分になったからさ


「あ、名無しさんさん……」


声をかけてしまったからかね
名無しさんが変わらない表情で卓上に視線を向ける
ゲームはカジノホールデムポーカー。ディーラーと一対一の勝負だ
名無しさん側にはバラバラのカード
対するディーラー側にはスペードの10、J、Q、K、Aが揃っている
ロイヤルストレートフラッシュ。ディーラーの大勝ちさ
名無しさんを見てみれば特にどういった表情をしているわけでもなかった
婦人のほうが驚いたもんだよ。だって名無しさんのアンティのボックス――あぁ、賭けたい額のチップを置くところだよ――には25万チップ
更にコールのところに50万チップ置いてあるじゃないか
普通なら大損。大負け。もはや生きる活力がなくなるレベルの額だ
でも名無しさんは平淡に、一言


「負けた」


それだけだよ?
特に絶望するわけでもなく、悔しがるわけでもなく、平然と卓上を見ていただけだ


「あぁ、えっと……誰?」


ゲームしていたことなんて遥か昔の事のように、忘れていたかのようにこちらに向き直ったさ
思わず婦人が気遣いや同情の言葉をかけてしまうぐらいにはね


「アンタ残念だったね。そこまで頑張ったというのに……最後の最後で負けるなんてさ。しかもそんな額。さすがのアタシでも励ましたくなる」

「何故?」

「は?」

「何故、初対面の人に同情する?」

「何故って――」

「これは自分が選んで自分で賭けて自分で勝負した。他の人は関係ない」


口をアングリして、トップに立つ人間とは思えないような顔をしてしまったよ
そんな婦人をもういないかのようにして名無しさんは去っていった
婦人はかすかに憤怒を覚えたが、あれだけ大負けしたんだ。ロクに生きていけるはずもないし、ここへ二度と足を運ばないだろうって思ったんだ
だから名無しさんが婦人のことを覚えなかったように、婦人も名無しさんを忘れようとしたのさ
それでもちょびっとは気になってね。従業員に聞いたのさ。名無しさんのことを
名無しさんが来たのは一年ぐらい前から
たった少しばかりの金を持ってここへ来たらしいんだ
少しばかりと言っても、ここに入れるぐらいの額はあったさ。一般人なら五年は遊んでくらせるような金だがね
先ほども言った通り、色々な賭けに勝っていたと
何故勝つのか?イカサマ?いいや逆だ
正直に言って、イカサマをしないカジノを探すほうが難しいのさ。それはそこも例外じゃなかった
ディーラーはある程度相手の考えを読んでイカサマを仕込むのさ
次はこうくるだろう。だからこのカードは下に仕込もう
相手は守りに入って少ない金額をかけるはず。だから勝たせてやろう
ってな具合でね
でも名無しさんは大負けしてるってのに全てのチップを賭けたり、大胆な手段に出て最終的にはあの額を稼げたと


「もったいないねぇ。一度勝負してみたかったものだ」


考えが読めない相手と勝負するってのは、どれだけスリリングだったか――婦人は残念がったものだよ
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