小説

□高き女であれ
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暗い、暗い、奥
光も、風も、自然のものは何も通さない地下
そこに男はいた
金髪に、緑の目。それよりも目立つのは、暗いにも関わらずハッキリと見えてしまう火傷の痕だ
傷に同情しないのは、彼の軽口のせいだろうか


「なぁ名無しさん、もうちーっとだけサービスしてくれていいんだぜ?」


食事を運んできた名無しさんを正面に、檻を掴んで言う
看守にそんなことを言ってもどうにもならないことは言う前からわかっているはずであった
もちろん名無しさんは無言で食事を置く


「相変わらずツレねーなぁ」


ガチャ、と乱暴に皿を取る
一枚の皿には小ぶりなパンと申し訳程度のスクランブルエッグが乗っているだけであった
しっかりと食事を取っているところを確認してから名無しさんは出て行った
囚人を見張ること。それが名無しさん達の仕事である








女で看守はラプラスでは珍しかった
募集をしていないわけではないが、自ら看守をやりたいと言う者はいない
おそらく名無しさんが初めてだ
何故、名無しさんが看守になったのかというと両親を事故で亡くしたからであった
魔人のせいで
もうこれ以上被害を出さぬよう、少しでも守りたい――そんな、綺麗な気持ちが理由ではない
名無しさんには弟がいる。まだ齢5である
名無しさん達を引き取ってくれる親戚はいなかった
弟のために、名無しさんは働かねばならない
働くだけではない。家事だってやらなくてはいけないのだ
そこで条件が合ったのが、この仕事。というわけである
男だらけのこの場で、良く言えば女性的に、悪く言えば性的に見られるのは仕方がないのである
耐えられないほどではない。それに、ここをやめたら次の場所が見つかるかわからない
だからこそ、今日も職務を全うするのだ


「名無しさんなんで笑わねーんだよ。人生楽しくねぇのか?」

「黙れ」

「おいおい、発言の自由も許されねーのか」

「貴様と話す理由がない」

「こーんな湿気った場所に一人じゃ、寂しくて死んじまうかもしれねぇぜ?」


名無しさんはここを務めて1年半ぐらいになる
こんな風に、楽観的で、軽口な犯罪者は他にもいる
だが、


「んー今日の名無しさんはお疲れみたいだな。寝てねぇのか?隈がすげぇぞ」

「・・・・・・!」


鋭く、頭がいい。こんな犯罪者は初めて出会った
それに年齢も若い。若いと言っても、自分より三つ上なのだが
フーゴが言ったことは図星であった。昨日は弟が風邪を引き大変であんまり寝ていなかった
それでも名無しさんは表情を変えない
常に冷静であること。気高くあること
これが名無しさんが、男の世界で生き抜くルールだ
舐められないためにも。馬鹿にされないためにも
必死で、毎日を生きている


「おいおい体調管理はしっかりしてくれよ?俺の飯がなくなっちまう」

「言いたいことはそれだけか。私はもう行く」

「じゃあな、おやすみ。名無しさん」


「おやすみ」という言葉は寝ていない自分への皮肉だろうか
壁にもたれかかり、背を向けたのにも関わらず名無しさんを見つめているフーゴの緑色の目は、少ない光を反射させ、彼が笑顔でいるのがわかった
何故笑顔なのか。それとも嗤っているだけか
おそらく後者だろう、と名無しさんは思う
自分の力を存分に使い、暴れまわり、自由に生きているフーゴにとって規律正しいレールの上しか歩かない名無しさんは滑稽であろう
名無しさんはフーゴのことを好いていない
こちらは必至で、人生に余裕がないというのにあちらは毎回冗談でしか会話ができない
冗談を言える暇など、名無しさんにはなかった
嫌い、というより疲れるのだ
この後の予定を考えつつ名無しさんは今日も仕事へ取り掛かる
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