小説

□取り戻したいものはいつだって
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※ハッピーではない
※ねつ造過多



「こらフーゴ!静かにしてなよ!!」

「うるせー名無しさん!俺はベッドの上で兄貴が退屈しないようにしてやってるだけだろ⁉」

「・・・・・・」


オスカーは小さい頃から病弱で、幼少期の記憶は家より病院のほうが多かった
自分が他者に多大な迷惑をかけていることに対し、自身に嫌悪を抱いていたが優しい両親と、賑やかな弟と幼馴染に囲まれる日々は悪くはないと思っていた
毎日が同じ毎日ではない
点滴や味がほぼ変わらない病院食にはうんざりしていたが、だからこそいけないことをするのは楽しさも倍増だ


「名無しさん、名無しさん」

「ん?どうしたのオスカー」

「あのな」


耳打ちで要件を伝える
すると名無しさんは目を細めて歯を見せて笑った
そうしてその要件はフーゴへと伝達される
するとフーゴも同じようにして笑った
三人が同じように笑う
まるでいたずらを思いついた子供のように


「あらぁどうしたのオスカー、フーゴ、名無しさんちゃんまで笑っちゃって」

「「「なんでもなーい」」」


口をそろえて言う
三人は血がつながっているようだ
オスカーとフーゴは名無しさんのことを家族同然と接している
しかし二人はその中に家族と友情を超えた愛が胸底にあるのに気づいてはいない
まぁ何はともあれ、オスカーにとって病気は苦しかったが不幸とは思わなかった


オスカーにとって、星のない夜は退屈である
雲で覆われた空は地球を食い尽くしているように思えるし、見ても同じ景色が広がっているだけだから
だから、こんな日は”パーティー”をするのに最適だ
閉めっぱなしの二階の窓に何かぶつかる音
オスカーは聞き逃さず、喜々として窓を開けた
下を見れば音が鳴りそうなほど勢いよく手を振るフーゴと、白い箱を抱えた名無しさんがいた
オスカーは二人を確認すると、ベッドの下に隠しておいたロープを垂れ下げる
自分側にある端をベッドにしっかりと結び付け、オッケーのサインを
フーゴが持ち前の体力と壁とロープの力でオスカーの病室へと入っていく
次は名無しさんの番だ
さすがに箱を抱えて上るのは無理なので、片腕でロープを掴む
そしてそれをフーゴとオスカーが引っ張り上げるのだ
同年代の女の子と比べて体力のある名無しさんだが、辛そうである
だがこの後の”パーティー”を想像して耐えていた
やっと三人が病室へとたどり着き、準備を始めた
オスカーは棚に隠してあるティーセットと小皿を
フーゴはこっそりとお湯を
名無しさんは箱の中身・・・アップルパイを
全て準備が整ったところで、三人は目を合わせ笑う


「「「いただきます!」」」


三人がこっそりと夜の病室で、紅茶とデザートを食べることが三人の何よりの楽しみであった
子供ながらの、見つからないかという緊張感。そしてそれを潜り抜けた後の達成感
三人はこれを”パーティー”と呼んでいた


「ん〜!やっぱ名無しさんの母さんの作ったお菓子はうめぇな」

「シッ!フーゴ少し声が大きいよ」

「まぁまだ見回りの時間じゃないから大丈夫だろ」


今日は夜の検査がないためパーティーが開催されたのだ
それにドレッセル夫妻も夕方で帰ることは知っていた
こんな偶然が重なる日は一か月にあるかないかである
三人はパーティーが開催されることが何よりも楽しみであった


「今まで食った中でアップルパイが一番美味い」

「本当?ありがとうオスカー。お母さんに伝えとくね」

「あぁ」

「ふふ。あのね、私も今お菓子作るの練習してるんだ。成功したらパーティーに持ってくるね」

「・・・楽しみだな」


名無しさんの、普段とは違う女の子らしい笑顔に胸が締まる
やはりオスカーのほうが、経験が少ないとはいえ人生を重ねているので家族以上の愛に気づくのはオスカーが先のようだ


「名無しさん!紅茶おかわり!!」

「はいはい。オスカーはどうする?」

「俺ももらう」


幸せな日々が続いていた
例え病弱だろうが、外を知らなかろうが
小さな世界だが優しい両親がいて、面白い弟がいて、・・・好意を寄せる幼馴染がいて
オスカーは確かに、幸せであった
そんな幸せが壊されるのは、あっという間であった


――彼の幸せは、火事が奪ってしまったからだ
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