小説

□無くなるのは
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それから一か月経ったころだ


「アンタ……」

「確か、ここのボスの人」


まさかまた名無しさんが現れるなんて
最初は幻覚かと、見間違いかと思ったさ
本当なら人生の負け組まっしぐらだったはずなのに、またここへ戻ってくるなんて
一体、何をしたら取り戻せたんだい
って聞いたら


「勝負に勝ったから」


聞きたいのはそういうことじゃなかったが、丁度サボンカードの結果が出たので口を閉じたさ
相手はハートの4とスペードの7
悪い札ではない
対する名無しさんは


「4000チップの51倍……20万チップ」


パーフェクトペア
驚くどころじゃないよ。もういっそここで帰ったほうがいいじゃないかってぐらい、奇跡な勝ち方だ
だが婦人は名無しさんを帰すことはしなかった。せっかく戻って来たんだ。このチャンスを逃すことはしなかった


「いいねアンタ!どうだい、このアタシと勝負しないか」

「させてもらえるなら」


本当ならそこのボスと勝負するのにはVIP……名無しさんが持ってる倍の額は必要だったが、名無しさんは特別だ
そこのボスと一対一の勝負。普通なら緊張するってのが当たり前だと思わないかい?
名無しさんは、変わらなかったよ。誰と勝負するのも、賭けるのも、誰でもいいってな感じだった
ソイツとの勝負は、婦人はそりゃ楽しいったらありゃしなかったらしいね
守りに入ったと思ったら攻撃に出る
負けても勝っても表情を変えない
相手の思考を乱そうと口を達者にしても聞こえてない風だ
次はどんな手を打つのか?じゃあこちらはどうしようか
こちらは楽しんでるってのに名無しさんは片眉を上げるどころか、まったくの無表情
まぁ婦人は楽しんでたからいいんだけどね
その時の勝負は、名無しさんの勝ち
悔しかったさ、婦人は
だって勝ちの流れだったのに大逆転されたんだ
そりゃ別の日も勝負を挑むさ
そうこうしてる内に名無しさんは婦人にとって特別な客すら超えて、まるで友人のような関係になったんだ
名無しさんは気まぐれに来て、気まぐれに勝負して、気まぐれに帰ってく
婦人は一年経っても名無しさんのことが分からなかったものだよ
その性格も、思考も、私生活も
でも何も知らないほうが居心地の良い関係だったのは事実さ
変に相手のこと知っちまうと賭け事に余計な気持ちが入っちまうからね


「アンタ、大切にしてるものってあるのかい」

「大切にしてるもの」


婦人は名無しさんの乱れた顔が少しばかり見たい
と思ったのさ。人間の摂理じゃないかね、見れないものを見たいと思うのは当然じゃないか
だから、名無しさんに色々聞いて乱すものを探そうとしたんだよ


「命」

「命ィ?案外、つまらない返答するもんだね」

「死んだら何もできない」


既に、死んでるように生きてるくせに命が大切なんて笑っちまうだろ
結局婦人は名無しさんの表情が変わるところは見れなかった
逆に婦人が乱されたのさ


「綺麗だな、貴方は」

「……急に何を言い出すんだい」

「思ったことを口にしただけだ。その静かに燃える赤い瞳も、人生を語る顔に刻まれた皺も、鎮まるような声も。美しいと思う」

「こんな歳にもなって女扱いされても嬉しくないよ。やめやめ」

「本当にそう思ってる。嘘はつかないさ」

「あぁもう!アンタって奴は恥ずかしい奴だね!!」


婦人があんなに感情を露わにしたのなんて初めてじゃないかね
おかげでそのゲームは負けたらしい。名無しさんは大量のチップを携えて帰って行ったさ
その後日、また名無しさんが来た時の事


「何だいこれは」

「貴方へプレゼントだ。美しく、沈着的な貴方は白い眼帯より黒い眼帯のほうが似合う」

「……せっかくのプレゼントだ、受け取っといてやるよ」

「それと、これももらってくれないか」

「コートォ?アンタ、これ高かったんじゃないか」

「でも元々はここの金だ。気にする必要はないんじゃないか?」


産まれて初めて、他人からプレゼントされた
だってカジノのボスだよ?欲しいものは自分で買えるさ
名無しさんはどう考えてたか知らないが――婦人は名無しさんとずっとこの関係で、ずっとこういう勝負ができたら婦人は幸せで楽しかった








以上が、婦人と名無しさんって奴の話さ
あぁ気づいてると思うが少女と婦人ってのはアタシのことだよ
この眼帯もコートも名無しさんからもらったものだ
ノエル、アンタには期待してるんだよ?
まるで名無しさんと勝負してる時のようなスリリングがあるからね
ん?その名無しさんは今どうしてるのかって?
……死んだよ
しかも、病気でね
もっとも人間らしく生きていない名無しさんが、一番人間らしい病気で死ぬなんて、世の中皮肉だね
本音を言うなら、もう一度名無しさんと勝負したかったものだ
はいはい、これで年寄りの長話は終わりだよ
さぁノエル!次はどんな手を見せてくれるんだい?
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