小説

□取り戻したいものはいつだって
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名無しさんは泣き続けていた
オスカーの寝るベッドを濡らしながら
このまま、自分は枯れてしまえばいいと思う


「ごめんねっ・・・ごめんねオスカー・・・ッ!!」

「・・・・・・」


悪魔と魔人の争いにドレッセル家は巻き込まれたのだ
両親は二人とも死に、弟は行方不明
何もしてあげられなかった名無しさんは泣くことしかできなかった
けれどその場に名無しさんがいたら何か変わっていたというわけではない
オスカーの不幸が増えるだけだったかもしれない
何もできない自分が、悔しかった
まだ、二人とも幼かったのだ
社会の大人の事情を知らない子供だ


「うちじゃ引き取れないわよ・・・可哀想だけれど・・・」

「ねぇお母さんお願い!!お願いだよ!!オスカーを一人にしたくない!!」

「あのね名無しさん・・・」


名無しさんのお願いに、両親は困っていた
あまりにも名無しさんが叫ぶものだから、我慢できなくなった父はついに我が子に手を出してしまった
そうして、自分たちも事件に巻き込まれないため名無しさんの家は遠くの家へ引っ越した
大人は、経験を積んでいるからこそ広い視野で物事を見れる
けどオスカーにそんな目はない
まだ子供で、小さい世界しか知らないのだから
だから


「名無しさん・・・・・・」


引っ越した名無しさんを、自分を見捨てた、としか見れなかったのだ








それから数十年の時が経った
名無しさんは二十一歳。生きていればフーゴと同い年である
大きな荷物を抱えて来たのはラプラス―自分が元々住んでいた街である


「久しぶりだな・・・」


街に大きく変わった様子は見えない
名無しさんがここへ戻ってきた目的はただただ一つ
一人にしてしまったオスカーに謝り、傍にいること
だから大人として扱ってもらえる歳まで待ち、親を振り払いラプラスへ来たのだ
まだこの街は悪魔や魔人、犯罪もあることを知っている。今は爆弾魔が出てきているらしい
話ではオスカーは警察官になっている
あの病弱であったオスカーが街を守る警察官になっている姿を想像するのは上手くはできない
ひとまずは、オスカーを探すより暮らしを安定させることを優先した


街に慣れ、仕事に慣れ、生活がやっと安定した名無しさんはオスカーを探しに行くことにした
警察庁に行くのが一番可能性が高いと考えた名無しさんは外へ出る
外に出て歩いていると、人の話し声が聞こえてしまう


「ねぇ聞きました?また火事が起きたって・・・」

「あれでしょ?あの爆弾魔ってやつ・・・」

「怖いわねぇ。けど市長がどうにかしてくれるわよ」


悪魔や魔人や犯罪が潜むこの中で一人で暮らすのに、怖くはないといえば嘘となる
けれどそれ以上にオスカーを助けたい気持ちのほうが名無しさんの中で勝っていた
警察庁へと足を踏み入れる
中は、警官と一般人が入り混じっている


「今日は、何の御用でしょう」

「えぇと・・・」


オスカーの名を上げようとした瞬間
受付の男は立ち上がり敬礼をし始めた


「お疲れ様です。オスカー隊長!」


男の口から発せられる名前に息が止まった
おそるおそる男の視線の先へと振り返ると、数人の警官は一人の男を先頭にしていた
頭の半分は刈っており、耳にはピアス
とても警官とは思えない外見である
けれど、名無しさんはそれがオスカーだと一瞬で分かった
様々な感情を涙に映して彼へとかけよった


「オス・・・カー・・・!」

「名無しさん・・・・・・!?」


オスカーが目を見開く
部下たちは感情をあまり露わにしないオスカーしか見ていなかったため、今のオスカーの表情に驚いた


「あ・・・オスカー・・・あのね、ごめんなさい、なんて言ったらいいのか、・・・わたし、」


手を伸ばす
大人となったオスカーは見間違えるほどだ
病弱の子供であった彼はもういない
オスカーは変わった
そんなオスカーを確かめたくて、触れようとした


バシッ


乾いた皮膚の破裂音が響き、一瞬だけ館内は静かになった


「・・・え」

「今更、何の用だ」

「あ、私あやまりたくて」

「俺を見捨てたのにどの口が言ってやがる。結局お前もあいつらと一緒だったじゃねぇか」

「ち、ちが」

「俺に話かけるんじゃねぇ。・・・不愉快だ」


横を通り過ぎるオスカー
当時のオスカーにとって、大切なものは名無しさんだけであった。居場所、小さな世界で名無しさんだけが心の支えであった。そんな彼女が自分の前からいなくなったオスカーの絶望と、失望と、落胆は計り知れない
名無しさんは頭の中のすべてが抜け落ちたかのようで今起こったことを理解するのに時間がかかった
理解するのと同時に、胸元を濡らすほど泣いていたのにも気づいた








名無しさんは諦めなかった
何度も、何度もオスカーに会いに行く
そのたびに突き放されようと、暴言を吐かれようと立ち上がらないことはない
当時のオスカーの苦しみを考えると、自分は折れてはいけない
オスカーがパトロールをしていたある日のことである


「ねぇオスカー」

「またてめぇか。仕事の邪魔だ」

「・・・うん、わかったすぐに行くよ。けどね」


持ってきていた箱を差し出す。中からは甘くシナモンの香りが漂っていた


「アップルパイ、作ってきたんだ。食べて・・・ほしいな」

「・・・・・・」


手から離れる箱
オスカーがその箱を掴んだのだ
名無しさんが、花が咲くように笑顔になる
だが箱はオスカーの手から離れる
一直線に落ちていく甘い箱は醜く地面へ広がっていった
綺麗に焼かれたアップルパイだったなんて嘘のようだ

「俺に姿を見せるな。この街から出て行かせるぞ」


何事もなかったかのようにオスカーは行ってしまう
部下の何人かは名無しさんに視線を向けたが、すぐに進む方向へと戻す
泣かないと、決めていた
諦めないと、決心していた
けれどあふれ出る生理現象は自分では止められない
その場でしゃがみ込み涙を必死で拭う
後ろの遠くのほうで爆発が起きたことなど気づかないほど頭を落ち着かせるのに必死であった
気づいたのは、周りが騒がしくなってからだ
ゆっくりと立ち上がり今この現状を理解する
綺麗な星空は、灰色の煙で覆われていた
名無しさんは赤く燃える炎に魅了されたように呆然と見つめていた
前方から人が歩いてくる
一瞬、人なのかどうか疑ってしまった
緑色のフードを被りガスマクスをしている
――爆弾魔
自然に頭の中でそうわかってしまった
不自然な足取りはとても楽しそうである


「!」


名無しさんに気づいたようだ
足取りはそのまま名無しさんへと近づいていく
名無しさんは逃げる気力もなかった
やがて爆弾魔と名無しさんの距離が間近になると、爆弾魔は名無しさんの顔を片手で掴みもっと距離を縮めた
名無しさんは悲鳴を上げるほど、肺に余裕がなかった
恐怖と混乱が脳をかき混ぜる
強制的に見つめあうこととなる
ガスマスクのガラス越しに見える緑色の目


「フー・・・ゴ・・・?」

「久しぶりだなぁ?名無しさん。どうしたんだこんなところで」

「え、なん、爆弾」

「・・・名無しさんには特別に教えてやるよ。俺は悪魔と契約して魔人となった。それで今、兄貴たち警察どもを無能だと知らせてきた」

「オス、カ」

「ククッ。名無しさん、早めにこの街から出るほうが得策だぜ。炎の魅力に気づかなかったらな」


名無しさんの顔を離し、歩いていくフーゴを、現実感を掴めないまま見つめていた
炎は、背後で大きくなっていた
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