現頭領の生母の母親と千景はあまり会話を交わした事は無く、一家団欒など遠い蜃気楼の様なものであった。

嫡男を生む、それだけを一族に望まれ見事果たした奥方は千景の世話、教育など乳母や家臣に託し、千景は多忙な父から稀にもたらされる鬼としての誇り、先祖が受けた人間の非情な仕打ちを聞かされ、ものの見事に人間に対する情どころか不快感しか育まなかった。


祖父の名は千歳。人間に肩入れし、関ヶ原の戦いに加勢、勝鬨は上がったものの私利私欲による略奪行為に何故手を貸したのか。千景には祖父の全てを理解出来るとは言い難いものがあった。

月日を追うごとにその血脈により西国を統べる頭領として然るべき教育、武闘は元より好奇心旺盛な千景は茶道などの教養も進んで身に着け、聡明な青年になろうとしていた。

風間家に代々筆頭家臣として忠義を果たす天霧の目下の悩みは千景の言葉とは裏腹な内心にあった。

ある日、屋敷に迷い込んだ手負いの猫がいた、千景は「汚らわしいので掃き捨てろ」と家臣に命じたのだが屋敷を出された猫を自室に持ち帰り看病していた、これを甘さと呼ばずになんとしようか。
同胞に向ける慈悲すら時に命のやり取りへと変わりかねない時勢、ましてや頭領ともなれば時にその甘さが足元を掬われる事になるからだ、刀の腕が立つのが余計それに拍車をかけている気がし、天霧は心中穏やかとは言えないのであった。

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