箱からの解放
□指輪
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憎いくらいの快晴だったが、やや肌寒かった。一通りティータイムを済ませて、一件目の店に向かって歩く。その辺りは少し、昔ながらの風情が残る町並みだった。
黒ずんだ木の壁の店の横を過ぎて、『なんとか酒店』を通って、細い道を進む。
こじんまりした金物屋や、時計屋を通り、小さな宝石店に入る。
とはいえ、ずらりと並んだアクセサリーは、外のショーウインドウから見るだけでも、高そうだ。好景気でもないため、あまり人の気はない。
まつりは少し考えた顔をして、入り口でぼくに待っていろと言った。
「なんでだよ?」
「怖いおばけがいるから」
いかにも白々しいほど優しく言われる。
「そんなのに引っ掛かる歳じゃないし」
なんとなく悔しくて、抗議してみると、困った顔をされた。
「ガキは入るなってこと」
「お前に言われると、ちょっと納得しかねるな……」
幼なじみではあるが、年齢の話はしたことがない。なんとなく同じくらいかなと思っているが、よくわからなかった。これも分かりやすい話で、まつりは誕生日を知らないらしい。「そうなんだ」とぼくは言った。あってもなくても、どうでも良かった。
ぼくは自分の誕生日を知っているけれど、だからといって自分に感謝したこともされることもない。
大体Happy Birthdayというのは生まれた日は悪霊が来るから厄よけである。
「──なんで納得しかねるの?」
「童顔だから」
ぼくが答えると、まつりは複雑そうな顔をした。お前がいうのか、みたいな表情だったが、ぼくはそれについて聞かなかった。
「──ま、いいか、面倒だし」
いこ、と、まつりはぼくを連れて中に入る。面倒なことを早々に放棄するところは、少しぼくと似ているかもしれなかった。
店内に入ったときは、めちゃくちゃ怪しまれたのだが、まつりが、財布からなにか、黒地にワインレッドの線が入ったカード? みたいなのを出して見せると、店の男の態度が変わった。あれはなんだったんだろうと思うが、どうせぼくには関係ないだろう。
その、一件目の店で得られた情報は、指輪が今人気の、最新な物ではなく、少なくとも十余年は昔の物だということだ。現在売られていない。礼を言って外に出る。(ちなみにぼくだけは最後まで怪しまれた)
「──そもそも、最近購入されたものか?」
気になって聞いてみると、まつりは何か考えていた。もう一度声をかけると、一瞬びっくりして、ああ、なに? と聞き返した。
「いや、これは最近購入されたものなのかなーと」
「古い物を扱うとこで買ったんならそうだろう。でも、そもそも日付とか入ったオーダー物だし……っていうか、最近購入したかは今のところ、知りたい部分には関係ないかなって」
そういってから、まつりはぼくに、上着から出した袋を渡してくれた。中に入っている指輪を見て────ぼくは。
彼女を、思い出した。
彼女の、運転する姿を、肩を叩いてきたところを。
そうだ、ぼくは、ずっと見ていたじゃないか。
「あ……!」
「なに?」
まつりが怪訝な顔で聞いた。ぼくは、少し動揺しながら言った。なんで、気付かなかったんだろう。
「──エリさん、病院にくるまでは、そんな指輪、付けてなかった」
「……まあ、だから『彼女のじゃない』ってのは、さっき言ったし既にわかってるんだけど──」
でも、と言った。まつりは思うところがあるらしい。慌てたように、来るまでの話をしてくれ、と言った。