箱からの解放

□プロローグ
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【箱からの解放】 プロローグ

「守ってあげる」


     0

あなたは解放された──


 ある日、そう言われて、14歳のはずのぼくは、いきなり『箱』から出された。
箱なんて言ったが、そこはちゃんとした部屋だった。ぼくのためにちゃんとしすぎるセキュリティの、ちゃんとしすぎる冷暖房から何から何まで完備の。

──ただ、そこはぼくの知る自宅ではないことは確かであり、気絶なんかして、目覚めたらという、よく聞くワンダーランドの、いや、隔離の始まり。

 そこにあったのは、クローゼット、ベッド、机、天井スピーカー。

部屋から出ると、チェス盤みたいな模様の長い廊下が続き(部屋がたくさんあるが、全部回る気はしない)、食堂がある。そこは常に閉めきられており、時間になれば、開いて、食事だけが用意されていた。死ぬことはなくて、まずは安堵したものだ。

「あ、きっとこれは幽閉ってやつだ。お姫様なのかよ──」

なんて、意識を取り戻した最初こそ笑っていたが、日付が経てば飽きる。
数週間すれば、いやになって、数ヶ月すれば、どうでも良くなった。

 王子様など待てど来るわけもないし、勇者もいない。せめてボスがいればいいが、天井スピーカーしかいない。ああ脱出ゲームだったのかと思ったが、ろくに、使えるアイテムはないし、玄関のドアノブは認証だった。
しかし機械音痴にはさっぱりだったし、窓はほとんど開かない。脱出しても、その下が崖か落とし穴かもしれないし、トンデモ待遇をぼくなんかにするようなやつだから、下手に動くのは、数日でやめていた。


 とりあえずぼくを閉じ込めて、箱に入れていたのは、なんとかって名前の機関で(よく知らない)そこでなにかがあって、ぼくは彼らに連行され、そのはずなのに、気が付けば数日──いや、数ヶ月?を、ここでぼくは過ごしていた。
刑務所、って感じでも、保護シェルターってイメージもない、むしろVIP待遇みたいな、だけど外出が許されない洋風の宿泊部屋に、ぼくは何の用があったのだろうか。


こんな待遇を受ける理由は、全く心当たりがなく、お金を払った覚えもないし、ここが自宅だった覚えもないのだが、気付けば日付だけが経っており、近い未来に解放という名の『対価の支払い』が待っていそうな日々を、ただ過ごさざるを得なかった。


──周りを見ても、いつも誰もおらず、何の気配もないのに、今朝、いつもらしく、天井のスピーカーの『起きなさい』に起こされ、朝食のために向かっていた食堂の途中──チェス盤みたいな長い廊下に落ちていた、一枚の紙だけが、ぼくを呼んでいたのだ。


『あなたは解放された。 本日、迎えが来る。今後の生活は心配いらない。外に出る鍵を、朝食とともに手配する』


「解放された、か」

──全く嬉しくないが、嫌だというつもりはない。全く悪びれず、ただ喜べと押し付けてくるような、その、善意のニュアンスみたいなのが、ちょっとぼくは、複雑だっただけ。

 「──むしろ今までの生活の方が、なにかあったのかと、ぼくは、心配になっているけどな」

紙に訴えても無意味だからぼくは、食堂に向かって歩く。






01

食堂は、まるで披露宴でも行いそうな、白く、キラキラした飾りのある綺麗な壁と、無駄なほどの広さの部屋だった。床に垂れる長さのレースカーテンがたくさんある窓を覆っているが、この窓も開かない。

頭上にシャンデリアがあるが、ぼくはあまり付けないようにしていた。

もし付けていて、電気代とかを、後で請求でもされたら、大変なことになりそうな物だったから。
キラッキラして、でかい。

「いただきます」と、机に置かれていた、シチューとか、よくわからない肉の煮込みみたいなのを一通り食べ終える。
静かな食事。嫌いではない。好きでもないし。

それから、最後に食べた野菜類のお皿の下に、一枚の薄い、真っ黒なカードが、袋入りで貼り付けてあったのを、見つけた。それはお菓子ガムのおまけみたいな、気軽さだったから、危うく捨てかけたが。

「なにこれ……鍵は?」


 最初はわけがわからなかったが、考えて見れば、これはやはり鍵で正解で、玄関の機械に通してみると、カチャ、と軽快な音と共に、あっさり鍵が外れた。

残していたらどうするのかと思ったが、これらは皆、ぼくが好きだったはずのメニューである。そこまで食べきれない量でもなかった。

 なんでそう思うのかも、よくわからなかった。自宅のことくらいは、思い出せて良さそうなもんだったのに、残念ながら、ぼくが覚えていたのは、綺麗な瞳だけだ。

……誰かの。
(誰だっけ……)

よく、わからなかった。ぼくは、ぼく自身のことしか、よくわからない。いろいろ思いつつ、それからは短い階段を降りて外に出た。


 待ちに待った(ことにしておく)解放が、どんな感じなのかと、最初はわくわくしていたのだが、結論からいうと、そこは、期待よりも美しい草原だったのである。


…………正しくは、ここが草がぼうぼうで、伸びっぱなしになった、放置された館だったことが、判明する。

茅だったり、エノコログサが好き放題に生えたりしている。(猫じゃらしみたいなやつだ)

 館は掃除すれば綺麗になるだろうが、中からは想像のつかない見た目。
まあ、それはもう関係ない。とりあえず、何か言ってみようと思った。


「……うわあい、お外だー」

……うん。
思っていたよりも棒読みの声が出た。解放感には溢れまくっていたが、久しぶりの日差しは、ぼくの目には眩しく、少し痛い。

ちなみに季節はおそらく、春だった。

強制的に引きこもっていた間、季節なんてあまり考えていなかったが、久しぶりの春の空気は、なんだか嬉しい。食堂の、味覚があまり麻痺していなければ美味しいのであろうご飯を、作り続けてくれた方に、お礼くらい言いたかったが、今日は、もう、ぼく以外がいる気がしない。きっと昼飯はないのだろうし……


「どうするかな……」


 エノコログサをとりあえず掴んでみながら、途方にくれてみる。迎えは来ない。暇だ。恐らく、もう中には入れないだろうし──


うーん……
考えた結果、寝よう、と思った。起きたばかりだが、下手に探索に出掛けたら、迎えに来た人もわからないかもしれないし。
屋根の下に入り、短い階段に座る。
少し目を閉じて、なにかのオープニングっぽく、風を感じてみていたときだった。
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