箱からの解放
□指輪
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なとなと
<>07<>ホムンクルス

まつりは、ぼくが一通り話をすると「なるほど」と言って、また考え込んでしまった。無表情だった。ぼくは邪魔にならないように、黙って後を付いてきている。それから二件目を探して、横断歩道を進んでいた途中で、まつりはなにか思い出したらしい。
「あ」
──と言って、突然、辺りを見回し始めた。
「どうしたんだ?」
「電話かける……携帯電話はないし……いや、あるにはあるけど、これは使えないし。どっか、借りれないかな」
駅かホテルにあるような気がする、と、いうことで話がまとまり、あわてて戻って探しに行って、なんとか駅で見つけた。少ししてまつりが電話をかけたのは、どうやらエリさんが持っていたメモの番号らしい。ボックスを出てきたところで、聞いてみる。
「どこの番号だったんだ?」
「知り合い」
「知り合い?」
知り合いだと、覚えていないのにどうしてわかるのだろうかと思っていたら、説明してくれた。
「きみに『会ってほしい人物がいる』と言って彼女がまつりのところに連れてきたなら、その後、なんらかの用意された展開があるはずだった。まつりはたぶん、彼女となにか共有していた情報があっただろう。もうあんまり覚えてないけど、彼女を信頼していた気は、するんだ」
もしサプライズだったら、彼女も近くで反応を見ていたかもしれない。あんな精神状態のまつりに会わせても大丈夫な人物だと、ぼくは思われていた。だからこそ、ということか。
「ふうん……んで、結局、そのメモはその情報だったんだ?」
「──たぶん。一枚だけで、たたみもせずに持ち歩くなんて、ぐしゃぐしゃになっておかしくない。けれどそうじゃなかった」
「そうだな。綺麗に指に挟んであったな」
「うん。ああいうのは、台紙につけたままで使うはずだ」
「……台紙も、メモ帳自体も見えなかったな。どっか鞄や、車に入ってたのかも。」
「覚えのいい人物みたいだから、わざわざメモするとしたら、人に伝えるときか、どうしても書かないとならないことだと思った」
なぜ覚えのいい人物だと思ったのか気になったが、ぼくは聞かなかった。
とにかく共有する情報が、それだとまつりは推理したのだろう。彼女の持ち物だ、とも思っているらしい。
「──じゃあ、誰かが、上にあった一枚だけを切り取って、挟んだのかな?」
「……もしかしたら意図的じゃ、ないのかもしれない」
「まさか。メモ帳からなにか抜き取るかしたときに、一枚が──剥がれてあそこに? でも、そんな」
「輸入家具とかの商人やってるおじさんだったよ。久しぶりだねって言われた。彼女の名前を出したら『聞いてる聞いてる』って言ってた」
突然、話が飛んだ。いや、まつりが飛んだ話を戻したのだ。この場に無い話をし続けても不毛だと判断したのだろう。
「そう、なんだ」
「今、ちょっとバタバタしてて来られないらしいけど──なにか、あったんだね。まつりは、なにか、したのかな……」
少し、寂しそうだった。
商人だという人からなにか、つらいトーンの言葉を聞いたのかもしれない。
「思い出せないのに」
「……そうだな」
同じように、少し、寂しくなる。なにかをしたような、なにもしなかったような、曖昧な記憶が、だけど、刻まれた痛みとして疼いている。
突然、まつりの声のトーンが明るくなった。
「──でも、夏々都が幽閉ってのは、いいよね。行きたかったな。見学して帰りたかった」
嬉しそうだ。無表情なのに。
「スポット扱いなのかよ。帰るな」
──とりあえず、切り替わりがいちいち急すぎる。
慣れていても戸惑うので、慣れていないならさらに戸惑うかもしれないが、必要な部分意外は切り捨てるようなやつなのだった。
<>07<>
「羽鳥と服部って、同じ場所から呼ぶとき、はっとりぃい! と声かけたらややこしんだよね……」
──ホムンクルスって知ってる?
たぶん、小学生の頃だ。約束を律儀に守っていつも通りお屋敷の方まで行ったある日、そいつはそんなことを言った。唐突だった。いつでも唐突で、なにかと突拍子もないけれど、どこかでそれらはちゃんと、繋がっていることを、ぼくは知っていた。
「まあ、名前だけは。本で読んだ」
ぼくは、そう答えた。
手当てを受けていた。その日はやけに派手に怪我していたと思う。背中を擦りむいていて、とうとうそれを見咎められ、診てもらっていた。
なるべく心配をかけたくなくて、普段は出来るだけ怪我がバレないように来ていたのだが、もしかしたら、それらも知っていたのかもしれない。
「人間って、作れるのかな、外部から」
「さあね。作れたところで、それはぼくには関係ない」
まつりは、曖昧に笑った。
だからぼくは聞いてみる。
「それは、お前なのか?」
「ううん。まつりはホムンクルスではないけどね。あんなの、女性が居なくても繁栄できると信じた昔の人がやってみた妄言だよ」
まつりは、寂しそうだった。
とげとげしくそんなことを呟いた。
「ちょっと話変わるけど──もし、親が、子どもを生まれる前に弄ることが出来てさ。そいつが生まれてから起きた不具合を、その生まれた存在だけのせいにされるならさ、創造主を親と思わない方が、精神状態が保てると思うんだよね」
「ん……どういうこと?」
「彼らは造ろうとしただけだ。作品みたいに。しかも、それは生きて欲しい願いからじゃなく、単に自分の一時的な欲のためでしかない」
まつりは、寂しそうだった。だから。
「──ぼくは、お前には、生きて欲しいよ」
なんとなくだけど、ぼくはそう答えた。