* novel
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「一生のお願いを、してもいいですか」
そう言われたのは、7月の初めごろだった。
僕とテヒョンで、ジョングクが入院している病院にお見舞いに行った時だ。
ジョングクが病気だと聞いたのは、去年の9月ぐらいのことだ。
家族同然に育ってきた僕とテヒョンは、それを聞いて言葉を失った。
余命が1年だというから。
僕も、テヒョンも、ジョングクも、施設で育った。
親が居ない子供が過ごす施設だ。
僕らの周りは、引き取り手、つまり里親がみつかって、中学になるころにはほとんど同い年の子は居なくなっていて
ずっと施設で育って、そのまま、親が決まらないまま施設を出ることになったのが、僕とテヒョンイだった。
僕とテヒョンは同い年で、ジョングクは僕らよりも2つ年下で。
でも、僕らが施設に入ったころにはすでにジョングクは施設で暮らしていた。
人見知りがすごくて、何も話さない4歳のジョングクに、6歳の僕らが果敢に話しかけては泣かれていたのを思い出す。
いつしか僕ら3人は仲良くなって、そのあとはずっと一緒に居た。
幼稚園から施設への帰りのバスも一緒に。
小学生になれば行きも帰りも一緒に通って、帰りは公園で遊んだ。
施設に帰れば一緒にお風呂に入って、一緒にごはんを食べて、布団を横に3枚並べて寝た。
そのくらい僕らは仲が良かった。絆が深かった。
だけど、僕らが中学を卒業する年になって、僕らは施設を卒業することになった。
ジョングクが中学1年生の時だ。
施設の決まりで、その施設が指定した全寮制の高校へ、僕らは通うことになった。
その高校は僕らも行ったことのなかった地域にある学校で、厳しい高校だった。
外と連絡する手段はないし、半年に一回の外出休暇でも、僕らには帰る場所がなかった。
それに加えて、ジョングクと連絡をとることが許されなかった。
施設の子供たちと外部の人間は直接連絡をしてはいけない、と。
僕らも施設に居たのに、卒業すると外部の人間になってしまう。
本当に帰る場所なんて僕らにはないんだ、と再認識して、そして、ジョングクに会えない、声が聴けないことを受け入れざるを得ない状況になってしまった。
そのあとも、半年に一回の休暇を利用して、僕とテヒョンで施設を訪れたことが何度かあった。
でも、「ジョングクは違う施設に行った」
そう言われるだけで、他の情報は何一つ教えて貰えなかった。
ジョングクの自立のためだから、探すのはやめてくれ、と。そうも言われた。
その後、ジョングクとはすっかり疎遠になっていた。
あれから、僕らは高校を卒業して、地元へと戻った。
地元、といっても、自分が育った施設があるだけで、そこ以外に自分を置いておける土地がなかったから、そこに戻っただけだ。
僕とテヒョンは、それぞれアルバイトをして、変わり映えのしない毎日を送って。
でも、僕は寂しくはなかった。家族でもあるテヒョンと一緒に住んでいたから。
その代わり、ジョングクは寂しいんじゃないか、と弟同然のその顔が頭に浮かぶことも多くなっていた。
そんな時だった、僕の携帯に電話があったのは。
公衆電話からの電話だった。
一瞬不審に思ったものの、おそるおそる電話に出る。
「ヒョン?」
僕は一瞬で誰の声だかわかった。
ジョングクだった。
その声を聞くと、僕の心には色々な想いが溢れて、涙が止まらなくなった。
泣きながら、謝る。
ジョングクに会いに行けなかったこと、疎遠になっていたこと、寂しい思いにさせたこと、
溢れる思いが涙になってとめどなく流れた。
電話越しのジョングクも泣いていて、寂しそうな声で僕とテヒョンの声を呼んで、会いたいです、と言った。
どこにいるの、会いに行くから、と僕が言うと、ジョングクは少し言葉を詰まらせて、そして、病院の名前と、109号室です、と言った。
病院に居るの?と僕が聞くと、はい。とだけ答えて、「もう切らなきゃ、」と鼻声のまま少し笑う声が聞こえた。
そのあと、すぐに電話が切れて、僕の耳には、ツー、ツー、という音が響く
その日、アルバイトから帰ってきたテヒョンを待って、僕らはジョングクから聞いた病院に向かった。
向かう途中はお互いに無言だった。
そして病院について、僕らは小走りで病室に向かう。
病室の扉を開けると、そこにはベッドに横になるジョングクが居た。
僕らは泣いた。
ジョングクに駆け寄って、抱きしめ合って泣いた。
ジョングクがすすり泣きながら僕らに話をするのを、僕らは静かに抱きしめながら聞いた。
僕らが育った施設から移動になったこと。
施設を卒業して全寮制の高校に通っていること。
前の施設に居た時に、職員室に忍び込んで僕の携帯の電話番号を控えたこと
そして、1年前から入院していることを僕らにゆっくり話してくれた。
その後は、ジョングクはあまり多くを語らなかった。
聞いてほしくなさそうだったから、僕らもあまり聞かなかったし、何より、一緒に過ごせるようになって幸せな時間だった。
施設の人間も、高校の人間も、ジョングクのお見舞いには来なかった。
この寂しい生活を1年間もしていたなんて、と思うと、本当にいたたまれない気持ちになった。
会えなかった時間を埋めるように、僕らは毎日病室に通った。
僕らが会えるのは面会の時間だけで、月曜から土曜の午後2時から夜の7時までしか会えない。
でも、その間のジョングクはとても元気そうで、僕らとふざけあって、じゃれ合って。病気とは思えなかった。
だんだん僕らは看護師さんたちにも認識されて、家族同然の扱いをしてくれるようになった。
しばらく時が経って、看護師さんは帰りがけの僕らを引き留めて言った。
「彼は強い人です。あなたたち2人が来てから、前よりも、もっともっと闘っています」
そこで、僕らは、ジョングクが僕らが居ない時間、ひどくつらい病気と、そして薬の副作用と闘っていることを知った。
食べなければ栄養が取れない、でも、食べた後には酷い吐き気に苦しまされる。
身体は痛んで、夜中は声を殺して呻いていたり、その痛みを和らげるための強い痛み止めに対しての副作用のせいで、吐き気や頭痛、幻覚などにも悩まされる
それをにおわせないように、僕らと居る時は笑顔を絶やさないことも、そして、病気のことも、これからのことも、ジョングクの選択も、知った。
治らない病気だということ。
病気の進行を遅くする治療は可能だけれど、その治療をするためには多額の治療費がかかるということ。
そしてその治療も、非常に苦痛を伴うということだ。
ジョングクは自分のその病気に対して、緩和治療という方法を選択したということ。
治すことはやめて、残りの寿命を、最低限の治療、つまり痛みのコントロールだけで過ごしていく方法だ。
僕らはそれを看護師さんから聞いたときに、ショックのあまり何も言葉にすることが出来なかった。
いつかは治るのだと思っていたものが、
残された時間、そういう言葉が頭をちらついた。
僕ら3人は、お互いにそのことについて触れないで、毎日を過ごした。
7月の初めごろだっただろうか、今から1か月ぐらい前のことだ。
土曜日の面会の終わりの時間が近づいたころ、ジョングクはもじもじしながら僕らを呼びとめた。
「ジミニヒョン、テヒョンイヒョン、」
僕らは、帰る準備をしながら「ん?」とジョングクの方を向く
「一生のお願いをしてもいいですか」
一生のお願い?
僕がそういうと「別に一生のお願いじゃなくても何でもするって〜」とテヒョンは笑った
「なになに?」
僕も笑って聞く。
「僕を病院から連れ出して下さい。どうしても外に出たい。死んでもいい」
そういうジョングクの顔は真剣で、目はうるんでいた。
僕らも、予想外のお願いに、顔を見合わせた。
今のジョングクにとって「死んでもいい」という言葉がどれだけ重いものかを、分かっていたから。
「このまま、この狭い部屋で死ぬのが怖いんだ。ヒョンたちは、もう、知ってるかもしれない。僕は、そう長く生きられない。
もっと長く生きたいなんて贅沢なことは望まないから、外に出たいんです
外に出て、外の空気を吸って、外でヒョンたちと過ごしたい。
朝ごはんを一緒に食べて、外で遊んで、夕方一緒に料理をつくって、夜はお月様を、お星さまを一緒に眺めて、」
ジョングクの目から、たくさんの涙があふれ出した。
僕らは、そっとジョングクのベッドにあゆみよって、抱きしめて、頭を撫でた。
テヒョンは車のトランクを開けて、水やら食べ物やらが入った段ボールを車のわきに降ろし始めた。
「わ。こんなに買ってきたの?」
「そう、買いだめ」
何回か町へ買い物に行ってもいいのに、と僕は笑う。
テヒョンは、確かに。と笑った後で「でも、」と続けた。
「ジョングクとずっといたいから。少しの時間も離れたくなくて。」
テヒョンは寂しそうに笑う。
「僕ら、間違ってないかな。こうやって、病院からジョングクのこと連れ出してきて。ジョングクは死んじゃうかも、しれないのに」
僕がそう言うと、テヒョンは下を向く。
「間違ってるよ。病院から病人を無断で連れてくるなんて。犯罪だし。」
でも、
「でも、間違ってるけど、僕ら、間違ってない。」
僕はテヒョンを見つめる。
「ジョングクがしたいことを、させてあげたいから。間違いだって、いまは、間違ってないと思うしかない。」
僕はその言葉に、唇をぎゅっとつぐんだ。
「しばらくしたら、警察がくるかもしれないし、ジョングクの体調もどうなるか分からない。でも、僕ら、今を生きるしかないから」
ほら、運ぼう。とテヒョンは続けた。
僕はそれに促されて、ダンボールをひとつ、両手で持ち上げる。
「晴れてよかったよね、今日。」
「よかった。街の花火大会の花火、ここからならすごーく良く見える。小さい時にもここに来て見たんだ。」
この家の後ろ側の庭がひらけていて、そこから市街地が良く見えた。
「花火が始まったら、庭に行って見よう。」
「ちいさい花火何個か買ってきたから、さきにやっちゃう?」
テヒョンは、ニャァと笑って、ダンボールの中から手持ち花火を出した。
いいね、と僕も笑った。
「まずは、バナナ牛乳で乾杯しないと」
お互いにそう言って笑って、ダンボールを運ぶ。
時が止まれば良いのに。
そう思った。
つづく....