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□瞳が語る
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「後編」






彼は……………翔は

どこか儚げな雰囲気を纏ったまま
次の日も僕の家にいた


「 お昼 食べてね。」


3日目にはちゃんと居てくれるかな
なんて仕事中も考えたりして


「 おかえりなさい。」


出迎えてくれる事に
喜びと安堵を覚える僕は

彼にハマりつつあったのかも




4日目も、5日目も、
同じような毎日と些細な話し

何となく翔の事は聞けなくて
でも、知りたい思いは
日に日に強くなっていた




6日目の夜


「 携帯、持ってたの?」


その存在に気づいた


「 バッテリーがあんまなくて。」


バツが悪そうに俯くから
何をそんなに気にしてるのか

ただ、僕は純粋に
翔の連絡先が聞きたくて

渋る彼をお構いなしに
教えてくれとせがんだ


「 交換くらいなら………。」


赤外線通信で
お互いの番号をやり取りして

また直ぐに落としてしまう電源に
そんなにないんだ、なんて

もっと気にするべきだった




7日目の朝


いつものように
見送ってくれる翔に

視線を残したまま
ドアノブに手をかけると


「 雅紀…………。」


初めて名前を呼ばれた


ドキンと高鳴る胸

少し潤んでも見える瞳に見つめられ
益々、胸の高まりは早くなる


「 何?」


それを隠すように
あくまでも冷静に返事をしたつもり


僕の肩に翔の手が触れ
近付く距離に驚いた時には




………………唇が重なっていた


直ぐに離れてしまうから
驚きの狭間で残念とか…………

どうかしちゃってる


「 翔……………?」


かなり焦って
申し訳なさそうに頭を下げ


「 ごっ、ごめん。
気持ち悪いことしてっ。

けど、いままでの……お礼と言うか

俺、なんも返すもんないし
何にも思いつかなくて………。」


そうして俯いて
身体の前でギュッと握る両手


僕の服を着た翔は
さほど体格は変わらないけど

撫でた肩の所偽なのか
少し丈の長い袖が掌を半分隠して

まさに萌え袖っていうの?

それが可愛らしいと
いつも思っていた


僕はその手に自分の手を
そっと触れさせる


「 ううん、
気持ち悪くなんかないから。

ありがとう。

じゃ、行ってくるね。」


された恥ずかしさと嬉しさで
僕もその場に長くいるには

さすがにキツい


火照った頬を冷ますように
慌てて寒空に身を置いた




その日の夜

仕事が手に着かないほど
ソワソワとした気持ちで

だけど早く会いたくて
急いで帰路へと着く


窓から見える筈の明かりが見えなくて
寝てるのかな?

お帰りって言って欲しかったなって
少し残念に思いながらも

玄関のドアに鍵を差した反応に


あれ…………開いてる?


慌ててドアを開け
踏み込んだ足が何かを踏んで

電気を点けて
それが自分の靴だと知った


揃えられていない散乱した靴は
容易に踏みつけられ
蹴られたのが分かって


「 翔!」


短い廊下の奥にあるリビング


駆け込んで眼に飛び込んできたのは

開けっぱなしのカーテン
ソファから離れた場所に落ちたクッション
オーディオボードと
平行にあったテーブルのズレ




やっと……………


気づいたんだ


翔は何処からか逃げてきたとか

携帯の電源を切っていたのも
きっと居場所が知れないようにとか

お礼って朝されたキスは
その手が迫ってる事に気付いてたとか

僕は間違いなく翔に
惹かれていた、とか………………

………………今更、だけど








今日もまた
僕は翔と出逢った場所に佇んでいる


携帯に連絡を入れても
決まって聞こえてくる

事務的な女の人の声


もう逢えない


そんな思いと


また逢いたい


そんな思いと………


だけど逢えるわけない
これが一番 強かったりする


落ちてくる鞄の紐を肩にかけ直し
ふと上げた視線の先

すれ違う傲慢そうなおじさんに
エスコートされるよう
寄りそう青年に眼を奪われる


綺麗なスーツを来て
整えられた髪に

あの時の印象はまるでなかったけど
それは間違いなく


翔で………………


僕に気付いている


間違いなく眼が合って
なんて表情………………?


勘違いじゃなければ

”助けて“そんな顔をして


思わず背中を向け視線を逸らし
強く眼を閉じた


僕に………………なんて


情けない思いの中
走馬灯のように浮かぶ翔との日々


もっともっと一緒にいたいと
願って止まなかった後悔


僕は翔が好きだろ?


拳を握り締め眼を開けると
僕は踵を返し翔の名を懸命に叫んで

走り出した



おわり
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