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□はじまりの恋〜フォトグラフ
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殺風景な俺の部屋には
テレビと小さな冷蔵庫
そして場違いに大きなソファだけ
そこに腰掛け
写真を食い入るように見る君を
隣に座り眺めていた
少し明るめの茶色の髪
襟足を隠すそれは凄く柔らかそうで
何度となく前髪をかき上げている
その度に若干 顎が上がる仕草に
色気が見えて
触れてみたいと思う
・・・この子は男なのに
迷いもなく想いが溢れてくるから
もう、相当 好きって
気持ちがあるんだろう
ずっと見つめてたい
そんな思いで眼が離せずにいると
「 なぁ、」
不意に振り向かれて
身体がビクッと大きく反応する
それに彼もまたつられたのか
身体を揺らして驚き
「 な、何だよ。」
「 ごめん、急に振り向くから。」
「 俺の所為かよ。」
口を尖らせ怒った表情が可愛くて
謝りながらも微笑んだら
何、笑ってんだよ って
表情が穏やかになり
また写真へと視線を落とした
「 あんた、すげぇんだな。」
ポツリと言った言葉
「 え、俺?」
写真に視線を落としたまま頷き
「 ここに写っているのは
紛争があった場所だったり
被災地だったりするんだろ?」
「 そうだよ。
誰かの助けが必要な国ばかりだね。」
「 現状を撮った写真からは
リアルに悲惨さが見えて
胸がこう・・・苦しくなるのに
ここに写ってる人は
皆・・・・笑ってるんだよな。」
そこで言葉を区切り
ゆっくりと視線が俺に向く
「 これは・・・
あんたがそうさせてんだろ?」
純粋な輝きを称え
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳
君の心も純粋だから
捉え方もまた純粋なのだろうか
「 ・・・初めて言われた。
確かに誰も
直ぐには撮らせてくれないから
すごくコミュニケーションは
大事にしてたつもりだったけど
俺がそうさせてるなんて
思いもしなかったよ。」
「 それが、あんたにとって
普通な事だからだろ?」
・・・・
どうして君は簡単に
そんな事を言うの?
固まった心の壁に風穴が開いて
新しい空気が通り過ぎていくよう
「 翔、くん・・・君って・・・、」
「 なぁ、あんたの写真
もっと見たくなったんだけど・・・。」
「 いくらでも見せたいけど
それでぜん・・・ぶ・・・、」
「 いや・・・じゃなくて
俺で良いなら撮ってよ。
どんな風になるのか・・・見てみたい。」
真っ直ぐで真剣な瞳
無理だと諦めていたのに
あまりにもまさかな言葉に
何も言えずにいたら
「 何で何にも言わねぇの?
んだよ、恥ずかしいったらないわ。
・・・・・・・俺、帰る。」
不機嫌にバッグを掴むと
立ち上がり帰ろうとするから
咄嗟にその腕を掴んで引き留めた
「 待って・・・ごめん。
諦めてて・・・無理だって・・・
だから飲み込むまで 少し
・・・時間がかかった、んだ。」
「 何でそんな必死?
まるで告白した人みたいじゃん。」
クスクスと小さな笑いが
静かな部屋に音をたてる
「 そんなに驚くなよ。
相手は俺じゃん。」
だからでしょ?
俺がそう望んだんだから・・・
「 驚かせてよ。
凄く・・・嬉しいんだ・・・。」
気持ちが変わんないうちに
って、焦りカメラを取り出すと
「 もう、撮んの?」
「 駄目?」
「 良いけどさ・・・。」
照れて俯くその表情も残したくて
咄嗟にシャッターを切ると
「 何、撮ってんだよ。
また、覚悟出来てねぇし、
何ならカッコよく撮ってくれよ。」
恥ずかしそうに顔を赤らめ
頬を膨らませているから
またそれも可愛いくて
もう一度シャッターを押した。
ファインダー越しの君は
ずっと緊張したままで
「 そんなに緊張する?」
「 だって
こんな機会ってそうないだろ?
プロのカメラマンに
撮られるってなったら
そりゃ、緊張もするわ。」
「 相手は俺だよ?」
彼の言葉を真似てみる
「 何かそれ、俺言ったろ。」
眉間に皺を寄せ、怒った表情も
時折見せる笑顔も
夢中になってカメラに納めては
徐々に変わってゆく心の変化が
次第に顔に現れ始める
「 あんたって、何なの?」
シャッターを切る手を止めず
ファインダー越しの君を見つめたまま
「 何が?」
「 なんか、
撮られるのが気持ち良いって
感じてさ・・・・
親父も昔は最前線で
すげぇ写真 撮ってたけど
あの人に撮られても
こんな感じには思わなかったから。」
「 ・・・・お父さん
戦場のカメラマンだったの?」
「 そうだよ。
だけど、何度か危ない目にあって
・・・・本人は続けたいって
ずっと言ってたんだけど
俺たちが反対してさ
無理に辞めさせたんだ。」
そうして見せる表情は
少し後悔しているようにも見えて
「 何で、そんな顔するの?」
ゆっくりとソファから離れ
窓辺へと立つその姿を追えば
いつの間にか色を変えた陽射しが
陰影を着けて彼を朱色に染めた
「 親父は今でも
戻りたいと思ってるみたいで
たまに昔の写真を
酒飲みながら見てる時があるんだ。
その横顔が切なくてさ・・・
俺達がそうさせたのに
言うんだよ
今が幸せで俺は嬉しいって。
そんな顔してだぜ?
堪んなくなるよ。」
「 戻ってもらいたい?」
首を大きく横に振って
「 ・・・いや、
それはもう無理だから・・・。」
「 無理?」
窓へと頭を着け
憂いのある表情を浮かべる
「 銃弾を浴びた右足が
今でも後遺症で思うように動かなくて
あんな状態でいったら最後
覚悟するしかねぇから・・・。」
俺に見えるその光景が凄く綺麗で
夢中でシャッターを切っていく
ゆっくりと向けられる視線
「 あんたならどうなの?
家族がいて反対されても
足がそんな状態でも・・・行く?」
真っ直ぐな視線に
俺もまた真っ直ぐに見つめ
「 俺は・・・行くよ。」
「 ・・・・・そう、か・・・。」
呟くような声
それ以上は何も言わず
何を思っているのかも分からないまま
また視線は窓の向こうへと移された
「 ごめん、
俺そろそろ行かなきゃ。」
時間なんかなければ良いのに・・・
そんな思いで彼を見つめる
一度だけ撮らせて、と言った言葉を
覚えてるだろうか?
出来るなら忘れていて欲しい
そう願いを込めながら
君に賭けてみる
「 明日も・・・良いかな?」
ジャケットを羽織り
暫く俺を見据えていた堅い表情が
フッと柔らかな笑顔に変わり
「 ・・・良いよ。
じぁ、明日・・・。」
だからって
来てくれる保証もないのに
また会えることに
俺は嬉しくて仕方なかった・・・。
つづく