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□三日月
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Japonism『三日月』を聴いて
少し思い浮かんだお話を




 

細い月のか細い光の下
今宵も僕は歌を唄う

海原の中に顔を出す岩肌に腰掛け
リズムを取るように
尾びれを打ち付ければ

何処からともなく集まる魚達

彼らは酔いしれるように聴き入り
僕もまた気持ちを込めて歌い上げる


その度に
心へと語られる王の言葉


『 マア・・・
変わらずに美しい歌声

今宵もまた私は幸せに思う。』




住む場所もなく さ迷い
影を落とす夜の闇が怖くて

それを消そうと歌を唄い続けていた


声は海底深く響き
海の王に僕を知らせる


王は自らを見せることはしない
そう、昔 聞いたことがあった


神々しく威厳ある姿を
惜しむことなく現し 僕に懇願する


「 美しい人魚よ、

何と 素晴らしい歌声か
赦されるなら私の傍に

いつまでもその歌声を
聞かせてはくれないか・・・。」


断る理由などあるだろうか


「 こんな私で良ければ
いつまでもあなたの傍におりましょう。」


そうして僕はまた月明かりの下
望まれるままに歌を唄う


空の向こう その先にも届くように
遠くにある月を見上げ

星をなぞり 空気を揺らす



その時だった


なにか・・眼の前を過ぎて
大きな音をあげて飛沫が上がる


一瞬 見えたそれは
明らかに魚ではなく

僕の形に似た だけど人魚ではない

咄嗟に頭をよぎる
このままでは海の藻屑となってしまう


焦り飛び込むと
気泡の上がる標を辿って

今までこんなに強く
僕は泳いだ事があっただろうか


徐々に近くなるそれ
見れば大きな羽を持ち

不思議にも

暗く深い海の中だと言うのに
光を放ち輝いている


僕の手が触れ腕の中へと包むと
今度は一気に水面へと浮上し

もといた岩場へと横たえた


僅かばかりの水を吐き出すと
何度も苦しそうに咳をして

やがてゆっくりと眼を開ける


僕はその美しさに眼が離せず

白い羽を持つこの者に
何の疑いもなく心が奪われていた


「 ・・・・ここ、は?」


まだ、朦朧としてるのだろう
瞳が小刻みに揺れている


「 ここは、地の果て・・です。」


「 地の・・・果て・・・。」


揺らいでいた瞳が
やっとで僕を定めたのか


「 あなたは?」


「 僕はマア・・・あなたは?」


僕の腕に抱かれ横たわる身体を
ゆっくりと起き上がらせると

真っ直ぐに僕を見つめる


「 私はショウ・・・

美しい歌声を・・聴いて

それがとても・・・
遠くにある、ものだから・・・

皆が・・・止めるのも、聞かず
地への扉を・・・開けてしまった。」


天上人・・・・それは

大きな白い羽を持つ
『 天使 』と言うもの・・・


「 こんなに美しい羽があるなら
直ぐに飛び立ち帰れるのでは?」


「 私は過ちを犯した。
大天使様が許してはくれない。

まして、この地の果ては
カオスが渦巻いて

少しでも触れれば
この白い羽はやがて黒く変わり

天上へは戻れなくなる。

見てごらん・・・・
羽の先がもう、
色を変え始めてるだろう。」


美しい横顔を向け
大きな瞳が見上げ見るその先は
自分への後悔なのか


「 ・・・僕の所為・・・。

あなたの聴いた歌声は僕の声。」


きっと驚き
僕を恨むような視線を向けるだろう

そう、思っていたのに

ゆっくりと僕を捉える瞳は
優しい光を称え


「 ならば、良かった。

こうして
美しい人魚に出逢えたなら

自分の欲望のままに
あの扉を開けた事は
間違いではなかった。

もしも・・・あなたが良ければ
私の羽が全てを黒く変えるまで

傍にいさせてはくれないだろうか?」


僕は・・・苦しい。

胸が締め付けられるなど
今までに感じた事がなく

出来るなら僕も傍にと、望んでいる


「 ・・・何故?
羽が黒くなるまでなのですか?」


「 そうなれば、
心は今の感情を消して

あなたを手に
掛けてしまうかもしれない。

私の心には
闇しか生まれなくなりますから。」


初めてだろう
こんなに心が揺らぐのは


傍に居てくれるなら
どんなに嬉しいか

出来るなら永遠に
共にあれればとさえ想ってしまう


だけど、この美しい天使が
嫌う闇に変わるなど

傍にいてそれを見過ごすなど
僕には出来ない


海の王よ、

この美しい天使を
天上へと還す方法はありませんか?


静寂が波音だけを耳に届ける
何度 心を届けたか

暖かな感情が僕に入り込み


『 その者に・・・恋をしましたか。

傍にいたいと望まれたなら
それを受け入れるのが容易いこと

あなたもそれを望んでいるのに
なぜ、還そうなどと・・・

もしも還してしまえば
もう、逢えないのですよ。

・・・・だからと言って

その者が戻れる方法など
私にも分からない・・・・。』


ショウは僕を見つめ微笑むと


「 マア・・・気に為さらずに。

ちゃんと今の心があるうちに
あなたの前から消えますから。」


優しさの中にも哀しみが見えて
何も出来ない自分が悔しくて


その日から僕はショウだけに
歌を唄い続けた。


出来れば天上へと届き
赦しが降りるようにと・・・



ショウの羽は日に日に
黒く色を変えていく


時折、苦しそうに眉を寄せ
自分の中で戦っているようにも見え

そう、
闇に侵食され始めている


僕の唄は天上人の心には届かないのか?
どうか、どうか救い上げて・・・


『 ・・・・人魚よ

何故、そうもショウを想う?』


ショウにも聴こえたのか
僕の膝の上に凭れさせていた頭を上げ

小さな声で呟く


「 ・・・・大天使様・・・。」


『 ショウには覚悟が出来ている

自分の罪を受け入れ
変わることなど恐れてはない。』


「 僕が恐れているのです。

ショウを愛するから
美しいままでいて欲しい

いずれくる別れがあるのなら
闇になって欲しなどと願いますか?」


長い長い沈黙が続く

頭上高くあった月は場所を低く変え

満点の星は白み始めた空に
溶けていくように姿を消した・・・


静かに徐に聞こえてくる声は
酷く優しい


『 お前の強い望み叶えてやろう。』


僕は素直に嬉しいとショウを見れば
複雑な表情で空を見上げている


「 ショウ、元の姿に戻れるよ?」


小さく頷くだけで言葉はない


『 ただし、条件がある。
お前のその美しい声を頂こう。

それでも構わないなら
ショウを天上へと戻そうではないか。』


「 それではマアが
あまりにも可哀想ではありませんか。」


ショウの表情が複雑で
何も言わなかったのは

きっと、こうなると知っていたから。


「 悪いのは私
報いは受けるつもりです。

天上へは還らなくていい
だから、マアの声を奪わないで下さい。」


『 私はこの人魚の願いを
叶えてやろうとしているだけだ。』


立ち上がり、
空へと叫ぶショウの羽は

感情の昂りから
その羽の色を急速に変え始め

このままでは闇の住人になってしまう


「 僕の声で良いのなら
いくらでも差し上げます。

このままではショウが
闇へと飲み込まれてしまう

それが私には嫌なのです。」


僕は歌唄いの人魚。


愛する人の為に捧げるなど容易いこと
喜んでこの声を差し上げましょう


怒り震えるショウを抱き寄せて
その唇に宥めるようにキスをする


「 僕は君を愛してる。
闇になどさせない・・・。」


ショウの腕が僕の背中に回り
二人の身体が一層 密接して

体温が触れ合うよう


何度も何度も角度を変えては
求めるようにくちづけをする

無意識に流れる涙もそのままに・・・・


ゆっくりと

離れ難くも視線を合わせれば
ショウは指で僕の涙の後をなぞり


「 マア、ありがとう・・・
君が望むなら私は君に従う

私もマアを愛してる。」


黒く渦巻くショウの身体は
光に包まれ浄化されていく


大きく白い羽を持つ
僕が愛した最初で最後の美しい天使


「 やはり
その姿がショウには合っている。」


天上から道標となる光が
雲の隙間から一筋の線となって
地上へと射し込み


ショウはそれを見上げながら


「 大天使様、
私からもお願いがあります。

どうか、私達が巡り逢った
あの日あの時と同じ月の日に

ただ、一夜

逢うことを赦しては頂けませんか?」


ショウの言葉に
大きく吐き出される息遣いの後


『 ・・・私も甘くなったものだ。』


大天使様はそれ以上の事は
言われることはなく

微笑みを称えたショウは

僕にくちづけをして
もう一度 強く抱き締めると


「 あの日あの時と
同じ月の、星が降る夜に

必ず会いに来るから待っていて。

だけど、雲が空を隠してしまえば
私の羽は濡れて帰れなくなってしまう

だから、願って欲しい
月が、星が、見えますようにと。

天上からでは
それが分からないから・・。」


つづく
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