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□アマンテ
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新しく配属された部署に君はいた。
………ずっと前から
気になる存在ではあったけど
近くになって一層感じるんだ。
笑顔の堪えない
君の周りには暖かな空気が流れ
それでいて時折見せる
憂いのある表情が胸を締め付ける。
俺は君が好き………
自分のものに出来たなら
どんなに幸せか
だけど、君も俺も男
そんな恋など、叶うはずがなかった。
「 相葉さんて、
社長の愛人って噂があるみたいよ。」
「 えぇー、うそぉ。
私 好きだったのにー。」
「 だけど、男同士って
ないわ、ないない。」
給湯室でくだらない噂を
女子社員が話している。
盗み聞きするつもりはなかったが
通りすがりに彼の名前が聞こえ
思わず立ち止まってしまった。
「 でもね、社長が
無理にしたって話もあるし
他にも何人かいるって聞いたよ。」
「 うそ?
私は相葉さんからって聞いた。」
「 でもさ、もしそうでも
相葉さん、超イケてるのに
なんか勿体ないよね〜。」
人の噂ほど厭らしいものはない。
小さな噂がドンドン大きくなって
在りもしない事が
継ぎ接ぎのように足されていく。
「 盗み聞きですか?」
突然に後ろから耳元に囁かれ
声が出そうになって
咄嗟に口を自分の手で押さえ
振り返るとそこには
当事者である相葉さんが居て
口角を上げ俺を見ていた。
「 すみません……。」
「 何で俺に謝んの?」
クスクスと笑う
初めて近くで見る彼
長い睫毛が彩りを加え
とても綺麗で見惚れてしまう……
「 ちょっと来て。」
言うより先に腕を取られ
階段の踊り場まで引かれると
自分は壁へと寄りかかり
俺を値踏みするみたいに見つめてくる
「 あの…………、」
長い手足を持て余すように
腕を組み脚を交差させて
時には前髪を人指し指で流したり
何か考えるように顎に指を当てたり
その仕草ひとつひとつに
怖いくらい眼が奪われて
胸が酷く高鳴っていた。
「 さっきの女子社員の話し
信じたりしてるの?」
「 え、いや……。」
「 クフフ…………
はい、とは言いにくいよね。」
少し悪戯っぽく笑う
そんな表情も可愛らしい。
噂はあくまでも噂だと
そうは思っていても
どこかで信じてる俺も居て
「 すみません、俺
まだ仕事が残ってるんで……。」
せっかく話せるチャンス
だけど今は気まずさしかなくて
その場を去ろうと背を向ければ
後ろから長い指が肩に触れ
強引ではなく引き留められる。
「 別に隠してないから
俺が社長の愛人なのは事実だし。」
その言葉に驚いて
思わず振り向いてしまう
「 本当……に?」
「 フフフ………
君さ……俺の事好きでしょ?」
直球で本心を言われ
そう…なんて頷ける訳なくて
気持ちが追い込まれるよう
何も言わずに
あくまで冷静を装いながら
ただただ見つめ返すしか出来ない俺を
面白そうに見つめては
「 視線がね、違うから。
俺さ……そう言うの分かるんだ
だから隠さなくていいよ。」
満面の笑顔、なのに
少し癖が在って何処か寂しげ
掴まれていた肩を引かれ
身体が彼に触れそうなほど
あり得ないくらい近く
息を感じるから
早まる鼓動を聞かれたくなくて
どうにか離れたいと思ってしまう。
「 隠すも、なにも……
そんな事………ないですから。」
「 そう?………残念。」
長い腕が腰に回り
一層 身体を引き寄せられる
そのまま抱き締められて
首へと唇が触れるから
誰かに見られたら………って
離れようとするのに
思いの外 力が強くて
気持ちだけが焦ってしまう。
「 俺は好きだよ……櫻井さん。」
その言葉に
身震いにも似た刺激が
身体中を駆け巡っていく。
「 もっと早く
出会えたら良かったのに……。
俺さ……逃げらんないの。」
逃げられないって
寂しげな声
「 それって……その、社…長?」
「 そう………。」
そんな事を告白されて
何が出来ると言うのだろう?
好きだなんて
本当は信じてる訳もないのに
だけど、もしかしたら……
変な期待がどこかにあって
「 あの……俺……、」
「 なんて、嘘。
フフフ…………騙された?」
笑い声をたて
まるで気紛れな蝶のように
ふわりと俺から離れていく。
呆気に取られて
彼の笑顔を追っては
憂いを感じるそれに
嘘ではないと……だから
「 俺……に、何か出来る?」
彼から笑顔がすっと消えて
素の姿が見えたような気がした。
「 助けてくれるの?」
だけどそれは一瞬で
次第に口角が上がり
消えてしまう。
「 助ける、なんて………。」
「 出来ないなら
気休めでも言わないでよ。」
強い口調に彼の本音が見えて
考えもなく口をつく言葉に
自分自身が驚いていた。
「 出来る、よ
俺はずっと君が好きだった。
君が望むなら
俺がそこから救ってやるよ。」
大見得も良いところで
だけど望むならと
そんな一心で言った言葉に
ニヤリと笑う君
「 ほんとに救ってくれる?」
艶の在る光を瞳に宿し鋭い視線に
俺は罠にかかり捉えられた
道化師のよう。
「 フフフ……だったら……、」
俺に添うように
周りをゆっくりと歩きながら
「 俺に……抱かれてよ。
全部くれたら
君に……救われても良いよ。」
「 抱かせろ……って
な、に………言ってんの?
俺、男だよ。」
「 そうだね。
完全なる男子だね。
………だから、何?
抱きたいと思う気持ちに
性別なんて関係ないでしょ?」
きっとこれは
……………嵌められたって
そう言うことなんだろう?
だけどそれに
嵌まりたい………そんな俺も居て
気づけば、頷いていた。
「 そう………嬉しい。
じゃ、ここに
仕事が終わったら来てくれる?」
手渡された名刺の裏には
近くのホテルの名が
殴り書きされていて
「 楽しみにしてるよ
………………翔ちゃん?」
そうしてすれ違い様に
肩に軽く触れる手が
『 契約 』
を意味するように思えた。
つづく