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□櫻の咲く頃
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〜prologue〜


やっと、帰ってきた………


何年と想い
心に大切に暖めていた

あの人は、今もいるだろうか?






僕が生まれ育った家は
その地域では名の知れた旧家だった


広い土地に趣のある大きな屋敷
広大な庭は手入れが行き届き
先代の趣味の良さが伺える
とても美しいものだった


僕は………その庭の奥
作られた小川の脇に
幾重にも並ぶ桜の木を
格別に気に入っていて

満開に咲くそれは圧巻だった
本当に綺麗で壮大で………

………………でも
僕が本当に心奪われたのは
その桜の下で出逢った

美しい人


僕は彼に逢いたくて
毎年……長いこと春を、

待っていたんだ






「 お兄さん、誰?」


初めて彼に会ったのは
僕が小学校に入学した年


どうしてそこにいるのか?
もしかして迷い込んで来たのか?
それとも侵入者?


だけど、小さかった僕には
そんな疑問はどうでも良くて
ただただ彼に興味があって

多分一瞬で僕の心を奪った
初恋の人だったんだと思う


一番大きな桜の木の下

根元に腰掛け空を見上げる
とても白く透明で
今にも消え入りそうな

儚げな人


僕の声に彼は酷く驚き
大きな眼を一層見開いては

次第に落ち着きを取り戻すと
ただ、微笑むだけ


「 僕、雅紀。
お兄さんのお名前は?」


問いかけても微笑みを浮かべたまま
桜を見上げるから


「 ……………桜の、お兄さん?」


言っても、肯定も否定もしない

だからもう一度そう呼ぶと
おいでと手招きをする

急いで傍により隣に腰かけると
甘い香りがフッと鼻を掠め
あぁ、これがお兄さんだと認識する


特に話をするわけでもなく
隣に並んで傍にいる
ただ、それだけなのに

僕はその時間が
嬉しくて楽しくて仕方なかった


やがて時を短く満開の桜は
ハラハラと散り始め

薄い緑の葉が木々を彩ると
彼は姿を見せなくなってしまう


突然に消えてしまった彼に
また会いたいと願い

今日なら………

毎日淡い期待を持ちながら
桜の元に通いつめた


暑い日も寒い日も
風の日も雪の日も

だけど、彼はいない


そんな毎日が続き、年が明け
きっともう会えないと諦めた頃

巡る季節は春を告げるように
桜の花を咲かせた


もしかして…………?

沸き立つ感情を抑えながら
あの一番大きな桜の木へと急いだ


徐々に見えてくるその根元には
やっぱり、彼が腰掛けていて


「 お兄さん!」


大声で叫び
転がりそうになりながらも
懸命に駆けていく


僕を認めると優しい
それでいて寂しそうな笑みを称え
軽く手を上げてくれた


僕はしがみつくように彼にすがり
まるで責めるように


「 どこに行ってたの?
会えなくて凄く寂しかったんだよ。」


なのにやっぱり笑顔のままで
宥めるように頭を撫でるだけ


「 クフフ………撫でられちゃった。」


だけど、こうして触れられると
会えなかった時間より
会えた今に満足で幸せで仕方ない

嬉しくてポロポロと零れる涙
少し彼を慌てさせたけど

だけど、それほど迄に僕は
惚れ込んでいたんだ………




花の命は短いとは言うけど
別れはあっという間に訪れる


桜が葉桜へと姿を変えると
嫌な予感そのまま
当たり前のように彼は消えてしまう

やっぱり…………そう思いつつも
またきっと来年には会える
そんな確証があったから
寂しくても辛くはなかった






季節は巡り花咲く頃
また君に出逢う


僕の幸せな時間
夢のような時間

それは永遠だと思っていた

思っていたから尚更
現実は無情そのものだった



彼と出逢って5年程経った
年が明けてすぐの頃
突然に父が倒れ亡くなってしまう


それをきっかけとして
僕の家は大きく傾き
代々受け継がれてきたこの場所を
離れなければならなくなった


反対したところで
子供の僕ではどうする事も出来ず
せめて春を迎えてからと願っても
聞き入れては貰えなかった


小さな子供の世界では故郷は遠く
以来、いつの日か逢える事を信じ

いや…………また逢えるかどうか
不安の中で僕は一生懸命に生きた


人生なんてどう転ぶか分からない

生活が落ち着いた頃
母親の応募がきっかけとなり
僕は芸能の仕事で生きていく事になる

彼と会えないショックが
内に籠らせるようになり
今までとは大きく変わった僕を
母親が心配したからだ


最初は拒んだものの
もしかして どこかで僕を知り
彼が気づいてくれるかもしれない

僅かな希望を胸に
僕は出来うる限りに頑張った

彼からの連絡はなかったけど
関係者からの信頼を得た僕には
休む暇もないほどの仕事が舞い込む

結果、生活には困らない
それ以上の対価を手にした事で

誰かのモノになっているかもしれない
あの家を買い取ることに決めた



逢いたい……………

もしかして、逢ったところで
僕を覚えてないかもしれない
大人になって風貌も変わった

彼だって歳を取り僕の想像より
年老いてるかもしれない

それでも逢えるなら……………



母親から詳しい住所を聞き
見つけ出したあの家は
巡り合わせなのか
偶然にも売り出されていた

当時の面影など全くない
曰く付きの廃墟となって……



不動産屋の説明によれば
もう、何人もの手に渡ったそうだ

しかし、何ヵ月ともたず
直ぐに手放してしまうのだという

詳しい事は教えられないと言い
何度も念を押され それでもいいならと
随分と安価で買い取ることが出来た


あんなに立派だった屋敷は
屋根は崩れ壁もほぼ骨組みだけ
住める状態では到底なく

綺麗に整えられていた庭も
草が生い茂り掻き分けなければ
中に入って行くのも難しい程

それでももう、四季は迫っていた
綺麗に整えてからでは
春が終わってしまう


あの桜の木の生存を
確認しなければ……………


鬱蒼とした茂みの中を夢中で歩き
見えてきた連なる木々

その最奥には彼の桜が
しっかりと根を張り立っていた


まだ、逢えてもいなくて
逢えるかも分からないのに

きっとまた、僕を認めてくれる

その場所だけが当時のまま
まるで別世界のように
あの頃の綺麗な風景を保っていたから

尚更、余計にそう思えた………


つづく
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