その他雑多にいろいろ

□結界師:その他雑多にいろいろ
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  声が聞こえた

  結界師の藍緋成り代わり。
  火黒寄り。恋愛要素少なめかも。




『お前には一生解らないだろうさ』



 冷え切った、感情の無い声が響く。
 崩壊する黒芳楼を前にぐったりと倒れていた黒凪。
 その姿を見つけ、足を止める火黒。
 黒凪は体中から溢れる血の温かさに目を細めた。



「――誰に殺られた?」

『まだ死んでいない』

「良いから。誰だ?アンタ程の奴を殺すなんて…。……あのガキか?」

『…どの餓鬼かは知らないが、女だ』



 なら違うか…。
 そう言って火黒は再び黒凪を見下した。
 彼女の身体からは正方形の穴がいくつか空いている。
 恐らく結界を突き刺されたのだろう。



「あーあ。残念だねぇ…」

『?』

「アンタは俺が斬る予定だったのに。」

『…残念だったな。私もお前が相手ならこんな事には…』



 そう言った黒凪の身体を起こし、肩に担ぐ。
 徐々に血が火黒の着物にしみ込んでいく。
 黒凪は訝しげに眉を寄せ、火黒を見た。
 火黒は何かの気配を探す様に視線を巡らせている。



「……アンタがやられたのは相手が人間だったからだろ?」

『…何を馬鹿な事を』

「じゃあ聞くが、その女は強かったのかぁ?」



 沈黙する黒凪。
 そんな彼女に「ははっ」と笑った火黒はニヤリと口元を吊り上げる。
 やっぱりアンタは理解出来ねぇや。
 そう言った火黒に、そして徐々に冷えて行く身体に黒凪は目を閉じた。



『だから言っただろう、お前には解らないと…』

「あ、ちょいちょい。まだ寝るなって」

『無理だ、眠い…』

「起きろって。死ぬなよ、おーい」



 死ぬな、そう言った火黒に薄く目を開いた黒凪。
 火黒は一点に視線を固定すると徐に走り出した。
 …雑な走り方だ。
 ガタガタと揺れるし、傷口が当たって痛みが走る。



「それにしてもさ、」

『ん?』

「人間の何処が良いんだよ、アンタ」

『……人間を捨てたお前に解るものか』



 良いから。な?
 走りながら話しているくせに声は不安定にならない。
 淡々と話す火黒に黒凪は徐に目を伏せた。
 何故人間が好きか?…そんな事私も知りたい。



『…お前は何故人間を捨てた』

「弱いからさ」

『……弱くなどないさ…、人は…』

「弱いって。……少なくとも俺は弱かった」



 そう言った火黒に黒凪は小さく笑った。
 何?と振り返った火黒と目を合わせる事はしない。
 少し目を開けば、崩壊する黒芳楼が見えた。
 そして少しずつ近づいている気配にも気が付く。
 火黒が言っていた"あのガキ"だろう。



『お前は確かに弱いな』

「あ?」

『…お前は弱いよ、力任せで』

「アンタよりは強いと思うけどなぁ」



 違うよ。…黒凪の声が掠れた。
 火黒の目がチラリと此方に向く。
 それと同時に現れた気配に火黒が足を止めた。
 黒凪も徐に顔を上げる。
 そこには結界の上に立つ少年が居た。



『お前が弱いのは、内面の話だ』

「あー…。話は後な」

『待て、火黒』

「何だよ、」



 鬱陶しげに此方を見た火黒。
 彼は黒凪の顔を見ると思わず動きを止めた。
 彼女が笑顔を火黒に見せたのは初めてだった。
 まるで赦す様な、見守っている様な、そんな"生暖かい目"。



『必ず私の所に帰って来い』

「!」

『そうしたら、全部教えてやるよ』

「………、」



 火黒が呆然と立つ。
 すると足元に薄く正方形が浮かび上がった。
 シュ、と形成される結界から間一髪で飛び退く火黒。
 彼は黒凪をまだ崩壊していない建物に降ろし、少年…良守を見た。
 良守の目は真剣で、その奥には憎悪も微かに渦巻いている。



「ちょっとだけ待ってな、黒凪」

『……』

「此処が崩れる前に迎えに来てやるよ」

『……フン』



 あの男の安否に心配なんてしていない。
 何も不安な事なんて無かった。
 戦っている良守と火黒をぼーっと眺める。
 遠目に自分を倒した女の結界師が見えた。



『(殺せなかった)』



 人だと言うだけで。
 彼女の澄んだ目は私が昔出会った人間の男に似ていた。
 ずっと、ずっと。
 人間の事を研究し、私の気持ちの理由を探し続けていた。
 …やはり人間は解らない。



「火黒ー!」

「良いねぇ、その…なんだ、死に物狂いな感じ?」

「結!!」



 良守と共に走り回る火黒。
 その背中を見る。
 あの男は人間を捨てた妖。
 解らない。私があんなに成りたいと願った者として生まれたくせに。
 ……解らない。何故私を助けるのか。
 ぐら、と建物が揺れた。
 そろそろこの建物も限界なのだろう。



『(…火黒、崩れる)』



 言おうとした言葉が心の中で止まった。
 …別に良いか。このまま落ちて行っても。
 火黒は此方に気付いていない。
 それでいいのかもしれない。いつの間にか私は死んでいた。……それで。
 目を閉じた。建物が一層強く揺れる。
 そして続けざまに襲ってきた浮遊感。



『――…火黒、』

「――――…!」

「!?火黒!」



 結!と結界が足元に現れるがすぐさま刀で斬った。
 火黒が一層強く踏み込む。
 足場が崩れた様な音が響いた。
 崩れる建物に飛び込む火黒。
 落下する黒凪を掴んだ火黒は彼女を抱え込み、他の建物に降りる。
 そして徐に周りを見渡した。



「…あちゃあ、もう駄目だね此処」

『……何故助けた、』

「ん?…だって呼んだだろ?俺のコト」

『………。来るとは思っていなかった』



 そうか?そう言ってニヤリと笑う火黒。
 そんな火黒から目を逸らした黒凪は崩れる足場に驚いている良守達を見る。
 人間。私がずっと憧れていた存在。
 火黒が黒凪を抱える手に力を少し籠めた。



「おーい、良守君?だっけ?」

「っ、火黒…!」

「続きはまた今度な。俺等もそろそろ此処を出ないとヤバいし?」

「待てこのヤロ…、うわっ!?」



 足元の結界を掴む良守。
 あの様子では火黒を追いかける事は出来ないだろう。
 黒凪は手の平に数枚の花弁を浮かべるとふう、と息を吹きかけた。
 桃色の花弁は良守達の元へ流れていく。



「何やったんだ?」

『あいつ等に仲間の位置を知らせてやるのさ』

「優しいねぇ」

『お前の獲物だから助けてやっただけだ』



 そりゃどーも。
 火黒が徐に黒凪の額にすり寄った。
 片目を閉じた黒凪はくすぐったい火黒の髪に眉を寄せる。
 そこらにいた妖を捕まえ、2人で外に出る。
 暗い夜空を見上げた火黒は口元を大きく吊り上げた。




 うん、良い夜だ


 (黒凪)
 (ん?)
 (やっぱりアンタは可笑しいと思うぜ?)
 (…それは此方の台詞だ)


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