コナン夢小説『弾いらずのピストル』

□第一章「開幕」
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 八月某日、少年たちが乗る船はある小島へ向かっていた。バックにかかる大きなエンジン音に負けずと速度を増すそれは決して過ごしやすいものではなく、寝込む者も多数見受けられる。剽軽と評判の船長とはいえ、まさかここまでとは。すっかり顔色を青くした、首元の赤いリボンとメガネが特徴的な小児____江戸川コナンは呆れ混じりそして疲れ混じりにため息をつき水面に顔を覗かせる。下を向いていれば余計気分が悪くなりそうなものを、夏となれば眩いばかりの太陽も敵である。しかし後頭部が焼かれるような思いを耐えるには小学生の体ではきつい。いや、流石にこの暑さは元の体に戻っても到底耐えられないだろう。

 と言うのも。実は彼が高校生であり東の名探偵と謳われた工藤新一……なのだが、彼と同じく顔面蒼白な女性____毛利蘭はそんなこと知りもしない。何かのイベントで貰ったらしいうちわを瀕死のコナンに向けて仰ぎ続ける手もそろそろ途絶えそうな時、更に頭痛を酷くさせる大声が二人の耳を突き抜ける。


「おい、もうちょいスピードおとさんかい!!」


「そーやで、おっちゃん。これじゃあせっかくリラックスできる予定やった南の島への旅行も全部パーやわ」


 色黒で乱暴な物言いの青年と高い位置でくくる黒髪を揺らしてやや穏やかながらも船長を責め立てる少女____服部平次と、遠山和葉は幼少期からの幼馴染であり、そのコンビネーションをあろうことか操縦席の中年に発揮していた。とぼけた表情でタバコを口の端にくわえている操縦士___小堺充(こさかいみつる)がスルーを貫くと二人の青筋はどんどんと線が太くなっていく。しまいには膨れ上がって破裂してしまうのではないかとコナンも嫌な汗を流した。汗を自らの手の甲でぬぐい、仲裁に入り羊飼いの如く扱い慣れた様子でなだめようとする。側から見ると高校生の暴走を止めに入る小学生、なんて情けない絵面だ。しかしコナンも熱くなる時はなるし、お互い様というべきか。

 特に、蘭関連となれば行動力は凄まじい。平次、和葉と同じように幼馴染でお互いが素直になれずにもどかしい関係でいるが、想いは硬いのだ。例えばそう、小堺の暴君っぷりに限界がきた彼女が前のめりにもたれかかっていた船の側面からゆっくり、ゆっくりと水面に近づき、岩陰を避けようと無理なカーブを描いた今この時に、一番に助けに行くのが彼ーー

 ではなかったようだ。咄嗟に蘭の腕を手前に引き戻して難なくを得たのは、光るサングラスの持ち主。加えて光る腕時計までもが手首から伺える。が、総じて派手ではない配色だ。トリックは至って容易。向かい側からの日光を反射してそんな状態になっていたらしく、目を開けた蘭は思わずまた瞼を閉じそうになった。それを咎めず穏やかな顔つきで微笑む謂わば救世主の髪長。髪長の肩に体をあずけている体制にハッとし反射的に遠ざかる蘭の異変を察知したコナンが慌てて駆け寄ると、救世主は短い台詞を口にした。


「気をつけなさいね」


「は、はい。ありがとうございました! 船酔いしちゃって、あの……」


 ばつが悪そうに声が小さくなる。反射的とは言え失礼に値する行動に反省してのことだ。けれど、口頭で示さずともレンズの向こう側で三日月の形をした目がすべてを物語っていた。謝らないで、こっちまで恐縮しちゃうわ。私は困っている女の子を助けただけ。それだけ。じゃあね____もう一度深く頭を下げる蘭に、コナンはクエスチョンマークを浮かべる。死体のように動かない、コナン達と同様にくじ引きで当選したのであろう乗客達の横に簡易な折りたたみ椅子で足を組む救世主を凝視しながら。

 何かあったのは間違いない。一体何があった? あぁ、服部のヤツなんか放っておいて蘭の側にいればよかった。ぶつかる寸前で海中から伸びる岩を避けた船長の腕は、明らかに素人の力量ではないが、いかんせん無理な操縦をする。その無理な操縦を止めない限り噪音も止まないだろう。ともかく、蘭に何かあったならーー

 じーっと自分を見つめる視線の送り主に気づいた蘭は、素直に疑問を投げかける。


「どうかした?」


「あ、いや……。そのぉ、あのお姉さんと何かあったのかなーって」


 それはね、という始まりに相槌を返す。けれど続きは三秒後の急カーブによって阻止された。コナンの軽い体はいとも容易く宙を浮き水に落ちる効果音まで想定したところで蘭が襟を掴んだのだ。微妙な空気が流れる空間に、一言。


「……こういうこと」


「あ、あはは」 


 いい加減、無鉄砲にも程がある。そう、コナンは思った。後は時間の問題で死人が出ること間違いない。自分にしろ蘭にしろ次また事故に繋がる被害があった場合には、一層の事麻酔銃で眠らせてやる。多少手荒いがあの船長に任せるくらいならハワイで親父に教わっただけの俺の方が幾分かましだ。船酔いする乗客が後を絶たない状況を改変するには、まず船長をどうにかするしか……と物騒な方向に考えが進む。しかし道徳心を忘れなくてはもう暴走は止められまい。

 お得意の、無邪気な子供のフリをして操縦室に入り込みどうにか言いくるめられないだろうか。現状で服部達が必死に訴えかけているというのにまったく聞き耳を持たない船長相手では修羅になりそうなものを、誰か一人強面の乗客を連れれば少しは好転するだろうか。ゆっくりするはずだった南の島への旅行は、すっかり戦場へ誘われて行くようなイベントになってしまった。

 どうにかしなくては。一か八か、はったりをかまして一時的に操縦権を奪えばこっちのものだ。妙な緊張感で生唾を飲み込んだコナンは真っ直ぐに船長の元へ一歩を踏み出す。

 キラリ。再び光ったサングラスは、間違いなくコナンを捉えていた。背筋に走る悪寒で素早く視線の先を探すが、どうにも嫌な予感がする。なんなんだ、この船は。俺の知らない何かが迫ってるっていうのかーー


「あれ、和葉ちゃんと服部くん、戻ってきてるね」


 そう言う蘭の声に操縦席の方へ首を回すと確かに口をへの字にした二人がこちらに歩いている。あの表情では遂に説得を諦めたらしい。お疲れ様、と苦笑いで示す蘭を見た和葉は同じく苦笑いで返した。服部はというと、いかにも機嫌が悪く未だ血管が浮かび上がっている。それにはコナンも苦笑いで返す他なかった。自然に円を囲む形に集まった四人は、互いの顔を伺う。


「私ら生きたまま島につけるんやろか……」


 そんな和葉の呟きは最もだった。あからさまな会釈をしなくてもその場にいた全員が同意見であるのが青い顔色から察せられる。あからさまな会釈……と言うより言葉を放ったのは勿論服部である。


「間違いなくあのおっさんに殺されるわ。って、うおっ」


 また一カーブ、船がよろめいた。
 
 最早ため息をつくしかない一同は、せめて水難事故にでも合わない平和を祈る。それをみたサングラスの女は、怪しげに口角を上げた。まるで現状を楽しんでいるのかのように。実際楽しんでいるらしく、レンズ越しの瞳はキラキラ輝き、小指は楽しげにリズムを刻んでいた。ヒーローの活躍を応援する少年____いや、姫君の恋路をうっとりと期待する少女の表情で。歳は少女と言うには些か無理があるものの、日光の反射からでもなく光りを持つ黒目は、恐ろしいほど純粋だ。深く被る帽子を更に下へやるしたり顔が、またもやコナンに不気味な気配を感じさせた。

 ーーまたあの女だ。鋭利な刃物で背後から突き刺されるような視線は、あの女のものだ。なんだっていうんだ、一体。連れもいない雰囲気だし一人旅か? にしては手荷物も少ない……。肩にかける台形型の白い鞄のみが付近に見当たる女の私物。各々で管理するよう命じられた故に、どこかに放置していることは考えにくい。一泊二日分の着替えや化粧品の容量を考えると明らかに不十分だ。蘭を見る限り得てして女性はあれやこれやと持参しそうに思っていたが。考えすぎか? ……一応、注意しておいて損はないだろう。

 女から目を背け蘭達の会話に加わる頃には、すっかりコナンを省いたまま会話は進んでいて、どうやらトランプで遊ぶ流れになっているようだ。二人と違ってあまり乗り気じゃない服部が他のゲームを促すが、すぐさま却下。

 大人しく従う選択しかない。無難なババ抜きから始まり、神経衰弱にて終わりを遂げる、はずだったが、船の揺れはますます最悪な方向に傾いていく。


「あぁっ、トランプが……!!」


 叫びも虚しくトランプは海へ沈んだ。今回ばかりは手を伸ばす一瞬も間に合わず、残るのは虚無感のみ。ギリッ。歪んだ線がみなの間に引かれた。

 ええ加減にせえよ!!

 怒りで行動を移す服部に続きコナンも操縦室へ走る。異常だ。無鉄砲で片付けてたまるか。これは明らかに殺意があってこんな無茶苦茶な運転をしている!! 理由はわからない。ざっと乗客十数人。その中で蘭達以外に知り合いと言える知り合いはいないし、共通点も恐らくない。無差別殺人……? でもそれじゃあ自分も巻き込むことになる。自分への被害も見越した上か、または何か助かる手段を用意して……?

 ガラス越しに呼びかけるだげに収まらず何度も何度も壁を叩く。

 ドンドン!! ドンドン!!


「おい、おっさん!!」


 手を叩きつける大きな音に対抗する服部の叫び。操縦室は内側からロックされているためそうするしか方法はない。あるいは、最終手段として扉を破壊するか。コナンは静かに増強キック力シューズのスイッチを入れ、タイミングを伺った。

 相も変わらずタバコを挟んだままの船長は、二人の訴えに若干のうろたえを見せる。最初と違い瞳孔が開いた服部の表情を目の当たりにしてか、事の大きさをやっと自覚したようだ。汗がブワッと吹き出したかと思うと、先ほどまでの仏頂面が嘘のように顔つきが変わった。金魚を連想させるパクパクとした口の動き、今にも飛び出してしまいそうな眼球の見開き、震える指先。今更慌ててももう遅い。これはもう立派な殺人未遂だ。

 船長の操縦権を奪い、縄か何かで手足を縛る必要がある。クルーザーに細工でもさせないよう厳重な注意をはからなければ。その後は……。考えたくないが、素人同然の俺達で海原を乗り切るしか道はない。船長の説得は恐らく無理に等しいだろう。一度船長としての義務を放棄したやつに任せるなどそれこそ危険だ。

 観察する。
 次に行動を起こすとしたら、それは俺達にとってマイナスの方向。眉の寄り一つも見逃すものか。

 ____と。周囲の緊張感に二人を見守る女性陣が生唾を飲み込んだ時、事態は急変した。


『バアンッーー』


 流れる汗を凍らせるような、一つの効果音。咄嗟に浮ぶものと言えば、この夏休みが明ければ期日も近い運動会だ。大勢で食べる弁当? いんや、違う。公開処刑に等しい流行りに乗ったJPOPのダンス? それも、違う。リレー……そうだ、リレーだ。ダッシュのポーズを構える児童たちに空へ向ってスタートを示す、銃声。

 じゅう、せい。

 しかし海上のクルーザーという狭いスペースで競技など開催されるはずがなかった。寝込む乗客を目覚めさせた銃声の役割は、コナン達の目の前で果たされていたのだ。


「うそ、だろ……」


 ハンドルに倒れこむようにして見せる後頭部には、のめりこんだ何か固形の物体。拳銃の弾____

 船長が息をしていないのは明白だった。死んでいる。


「きゃあああああ」
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