コナン夢小説『弾いらずのピストル』

□序章「日記」
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※占いツクールにも掲載している作品です。
※『名探偵コナン』の原作には登場しないキャラクターが主人公かつ殺人犯として物語が進んでいきます。また作中では暴行・殺人等の残酷な描写があります。どちらも苦手な方の閲覧はお控えください。






 私が彼に好意を抱いたのは出会って一年、いや半年____もっと前かもしれない。同僚に写真を見せられてから、ずっとずっと気になっていた。さっぱりとした短髪に、端正な顔立ち。至って普通に端っこで突っ立ているだけなのに、妙にキラキラしたオーラを感じる。背景のイルミネーションにも全然負けていない。いわゆる爽やかイケメンというやつで、初対面の時もその印象は変わらなかった。笑うと八重歯が光って、かっこよさの中にかわいさもある完璧な人。おまけに喋りも達者。私が緊張して話が弾まずにいるのを、嫌な顔一つしないでスムーズにエスコートしてくれる。そのエスコートに心地よさを感じ、いつしか緊張もしなくなったし、いつしか彼へ会うためだけに彼と彼の両親が一緒に住む実家へ通うことになった。
「今時凄く誠実な人ねぇ、結婚に向けての挨拶なんて一回きりでいいのに」と彼の両親には違った解釈をされたが、いずれそういう形になるだろう。何も否定することはないと、笑顔で頷くとこたつでみかんを食べる彼があからさまに訝しげな顔した。彼の両親が気づかなかったことが救いだったが、私はそうはいかない。何か、まずいことでもあるの? もしかして“結婚”という言葉に反応して、そんな顔を……? 不安で不安でたまらなかった。私と彼の気持ちにズレがあるんじゃないかって。
 もやもやするのは苦手だから思い切って聞こうとした。でも彼が先に言ってきた。彼の両親に聞こえないようにするためか、実家からうんと離れたコンビニでコーヒー牛乳を片手に「できないことを言うんじゃない。二人を無駄に期待させてやるなよ……。もう三十間近の子供にやっと恋人ができたことを聞いて何より喜んでいるんだ。結婚とかそういう……生々しい話は、もっと慎重に考えてから発言しろ」余計混乱するだけの言葉を、身勝手に放ったのだ。
 意味わかんない。生々しいって何よ。もっと別の言い方あったんじゃないの。まぁ、私も我儘だと思うけど、それを気になんとなく距離が開く。でも特に許せなかったのは、眉を八の字にして泣きそうな私を置いてスマホにかかってきた電話を優先したこと。手に持っていたコーヒー牛乳を元の場所に戻してすぐさま実家に帰ろうとする。どれだけ思いやりがないの。せめてガムくらい驕りなさいよね。むしゃくしゃするのを発散できるんだから。
 それを同僚に相談すると苦笑い。もっと気が利いた返しができないの? 私が折角食事に付き合ってやってるのに。 どいつもこいつも、本当イライラするわ。もうちょっとくらい親身になってくれてもいいんじゃないの。彼にしても同僚にしても、私をもうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないの。毎日仕事帰りに彼の実家へ寄る恒例行事も、今のナイーブな私じゃできっこない。「娘が一人増えたな」って和かな彼の両親に癒されてたのになー。

 なんか色々憂鬱で、髪をセットする気すら起きなくて、ボサボサの頭をハゲちょびんの上司に注意された。私だってあんたのバーコード頭見るのすっごい不快なんですけど。どうせなら潔くスキンヘッドにすればいいのにさ、未練タラタラでバーコードってしょぼすぎ。未練あるのは私もだけど、仮にも後ろをついてくる部下がいる男のやることか? 営業に行ってもバーコードでマイナスくらうことくらい予想できないのかな。想像力が欠如してるんじゃないの。そんなんでよく部長に……。
 あぁ、いいこと思いついた 。やつのミスを装って私が手柄を横取りしよう。本来なら立場逆だろうけど、散々馬鹿にされたんだ。鬱憤晴らしに丁度いい。ついでに他の部署に移動させられたら尚良しって感じ。いくら馬鹿にされたからってこんなこと実行しようとするのが自分でも恐ろしいけどさ、罪を自覚できるいい機会だと思うわけ。たくさんの部下がいるからあんたも踏ん反り返っていられるってことを全然わかっていない愚か者には、このくらいやっても神様も見逃してくれるでしょ。
 でも何すればいいんだろ。こういう時アイディア浮かばないなぁー。電話してみよっか、彼に。なんたって優秀な営業マンだし。クソ真面目な彼にそのままの内容で伝えるほど馬鹿じゃない私は、少し話を盛って伝える。少しだから、嘘なんかじゃない。
「それ、本当か?」「えぇ。嘘言ってどうするのよ。で、どうすればいいと思う?」「……あぁ、自分が手がけた書類が上司に横取りされてどうにか取り返したいってんだろう? 簡単だ、上司の机を片っ端から探して、それでもなければ上層部に訴えればいい」
 はぁ? そんなの私でも思いつくっての。これだからクソ真面目は、頭でっかちで困る。そんなクソ真面目なところに惹かれたが、盲目だった。客観的に考えるとこれほどつまらない男はいない。うわっつらのお礼を最後に通話終了ボタンを押すと、再び頭を抱えた。
 無駄な時間だった。「今日こそ一緒に帰らない?」空気の読めない同僚を適当にあしらってまた考える。……残業するか。 

 はぁ。私が残業したらダメなわけ? 定時までに帰るのが基本だけどさ、そういう日くらいあってもいいじゃん。二十点以下のブサイク共が変に突っ込んでこないでよ。確かに目的は褒められたもんじゃないけどさ、結果として今日のあんた達より多く働くんだから。終わりよければ……っていうのは違うか。とにかく、結果が全て。今までストレスの元凶だったハゲがいなくなれば、私はそれだけで満足なのだ。欲を出すと彼とも上手くいけばいいかな。クソ真面目とか散々罵倒したけど、心ではまだ関係を望んでる。彼の実家へまた行って「うちの子もあなたのことを凄く信頼しているのよ、もちろん私たちも。よかったわ、あなたみたいな人と出会えて。たとえ誰かから文句を言われようと、私たちがまもるからね」とお出迎えされたい。本当に、純粋なご両親だから。差別も偏見もしない、仏みたいな。
 そのためには、彼との関係の修復が必須。イコール、上司の抹殺。今の私はピリピリしてて、近寄りがたいと思う。怒りの根っこ部分があいつなんだから、当然だろう。もちろん、彼に結婚のことを否定されたこともあるけど、それだけ誠実な人なんだ。当たり前だよね、そう簡単に口にするべきことじゃないし。硬派なんだな。
 なーんて言っても抹殺の方法すら考えてないんだからどうしようもないけど。中指の右側にタコができるくらいメモ用紙に思いつく限りの案を書いても全部ボツ。ばつ印がいくつもできる。会議に必要な大事な書類を奪うとか、何かトリックで赤っ恥をかかせるとか。私もほどほどに頭が硬い。体は柔軟だけど。
 そもそも私一人でこんな大きなことできる? いや、無理でしょ。一人突っ込みみたいになったけど、協力者……はゴミみたいなやつしかいない職場で求めるにはリスクが大きすぎるし。んー、でもゴミでも替え玉くらいにはなるか。万が一私が疑われても身がわりになってもらおう。私って結構高嶺の花的存在だし。身だしなみにちょっとでも手を抜くと上司に怒られるくらいのね。犠牲になっても光栄でしょ。問題は誰を選ぶか。あいつとかそいつとかこいつとか。今残業してるやつは無しだなー。小汚いし、せめてちゃんと清潔感がある人がいい。
 あ。あの子にしよ。って言うかあの子しかいないわ。また食事に付き合ってやれば確実。今の時点で私にぞっこんだし、利用するしかない。でも彼には怒られるかも。「そんなことをするためによりによって俺に相談したのか? どうかしてる」って。 
 でも結果がすべて。私が仕事場でも生き生きと輝いていた方が、彼も幸せなはず。そうでしょう? 私のためなら家族も捨てられるってくらいの気持ちじゃなきゃ、釣り合わないわ。残業っていう割には全然仕事が進んでないけど、なんとか誤魔化せる演技力も持ってるし、問題は明日あの子にどう説明するか。ちょっと話を盛ってハゲのこと悪く言えば早いと思うし、それほど重く見る必要もないかもだけど。やっぱ大事な書類奪うのが一番効果あるっしょ。確かハゲの机の引き出しにしまわれてるのを見た気が……でも当然鍵もかかってるだろうなー。その鍵を手に入れない限りは話が進まない。それも、考えないと。

 ラッキー。あの子が手に入れてくれたよ、鍵! 方法はわかんないけど、やる時はやるもんだね。ちょーっと見直した。それにしても私も鬼だわ。前から気に入らなかった上司とはいえ些細な注意でここまで悪質な嫌がらせするなんて。そんなミステリアスなところ魅力的ってか。
 自信持って彼とももう一回連絡とってみたら、お宅訪問の催促。電話越しでも私が何かしようとしてるのが伝わったのか、やたら根掘り葉掘り聞いてくる。最近ギクシャクしていないか? 俺だったら相談にのるから。だって。高嶺の花も辛いわー。なんてね。彼もモテるし、私だけが高嶺の花って訳ではないんだな。眩しすぎて熱を感じてしまうほどの、言うなれば太陽みたいな二人。いや、月と太陽かな。彼の笑顔は、キラキラしているんだ。それを受けて私も煌びやかな日々をつかめる。これってカップルの究極の理想じゃない? 思い出せば懐かしい、初対面の時も。緊張して便意を感じた時もなかなか言い出せずにいたら、気を使ってお手洗いに行く隙をつくってくれた。トイレのスリッパを履いたまま部屋に上がり込んでしまった時は焦ったなー。
 でも。そんなドジは踏まないように、ハゲを懲らしめないとね。

 ありえない!! なんで私が疑われるの。まだ何もしてないのに。鍵が無くなったって無駄に大きく騒ぎ立てるから警察の真似事して犯人割り出そうとする連中もでてくる。で、残業にいた私たちが容疑者候補になった。定時までは必ずあったと確認したからだそう。はぁ、あの子がとったのにどうして私が悪者なの。

 もう何もする気にならない。あの子に聞いてもはぐらかされる。一応鍵はもってないで突き通したけど、身体調査までするとか大袈裟すぎ。あの子、私が好きな振りして近づいて貶めようとしたに違いない。
 
 これ、バレたらどうなるの。私、クビ? このご時世に路頭を彷徨うことになるの? いや。絶対いや。元はと言えば、彼が私に酷いこと言うから。だから……。彼に全部の責任をとる義務くらいあるでしょ。私は悪いことをしようとしただけ。未遂よ。

 呼び出した。そしたら何故か女も一緒に来た。誤解されてるから俺単独で会うのはやめてくれって。彼女いたの? なんで、なんで!! 私に隠してたの。最低、だからあんなに結婚に後ろ向きだったの。

 彼の思いやりはどこいったの? なんでそんなに冷たいの? 泣きたくなる、酔って忘れようとしても、並べられた空き缶を見てると悲しくなる。

 鍵は見つからないとこに隠したから。もう私は誰も信じない。彼を殺すの。

 あの子が話しかけて来た。あの子見てると彼を思い出す。消えて。

 なんで最近うちに遊びに来ないのだって。自分の胸に聞け。

 いいこと思いついた。密室で殺すの。

 殺してやる。

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