COLORFUL WORLD
□第9章:Comes princess of Cyan
6ページ/6ページ
ふと目を開けるとあたりは薄暗くなっていた。
焦点が定まらない中、目を凝らして辺りを見回すと派手な刺繍の天蓋が目に付く。いつもと違う天井。まだ半分寝ている頭でここはどこだったっけとぼんやり思う。
「あぁ‥‥城か…ノースポールだったな…」
ベッドに身を沈めながら自分の居場所を再確認すると、開いている窓の外から涼しくなった夜風が舞い込んできて、既に夜も更けていた事に気づいた。
「あらら…けっこう寝ちまってたのね」
ベッドから起き上がり大きく伸びをしてあくびをかいた。
開いてた窓から庭を見下ろしてみると、小さな人影が剣を交わし合っているのが見えた。目を凝らしてよく見ると、リリとヒノキだった。
「あいつ‥‥またなんか企んでるのか?まったく、ジッとしていられない娘だこと‥‥」
クザンはポーチへと足を運ぶと、花壇に腰をかけ退屈そうに二人が剣を振りかざす姿を眺めた。
身の丈に合っていない剣を持つリリを見て、若かりし頃の海軍時代を思い出していた。
海軍の中でも戦闘には向いていないと思った奴等を山ほど見てきたが、リリほど不向きだと思ったのは初めてだった。本人はかなり本気で剣を振りかざしているのだが、まったくもってセンスがない。握る手ばっかりに力が入って汗で滑りそうになっている。剣の重さも長さもリリの身長と腕力に合っていないのだろう。軸がぶれていて持っているだけで危なっかしい。
「その辺でやめておきなさいよ…」
思わず口からこぼれたセリフだったが、なおもリリは剣を交わし合っていた。これは当分止めそうにないと思うと大きな溜め息が出た。
そういえば、先ほどリリと話をしていたビビ王女の付き人の姿が見当たらない。
「そういやお前さん、あのアラバスタの護衛と話は終わったの?」
そう声をかけると、リリの集中力が途切れた一瞬の隙にヒノキが剣を弾いた。リリが持っていた剣がクザンの足元に滑り転がった。
「ペルとは話終わったよ」
あらかた、動物の声が聴きたくてゾオン系を持つ人間に接触したに違いない。好奇心の塊で出来たようなリリに頭を抱えた。
「動物の能力なんてない方がいいぞ」
突然告げられたクザンの言葉にリリがビックリした形相で俺を見上げた。
「き、聞いてたの?」
「聞いちゃいねェけど…図星だったってわけか」
「なんで分かったの?」
「顔に書いてある」
リリは「えっ」と声を漏らし、頬を手で抑えた。かと思うと、意を決したように力強い眼差しを向けて来た。
こういう時は決まって嫌な予感しかしない。
「私ね、海軍に入ろうと思ってるの!!」
手で言葉を制止しかけた俺に構わずリリは言った。
「…は?」
遥かに突拍子もない事だった。リリの考えている事が全く理解できない。事務仕事が嫌で現場に出たいという事だろうか。まァ、今回は言ってくれただけマシだと思おう…。
「スモーカーさんにはもう言ったの」
あんな面倒くさい女を押し付けやがって。というスモーカーの文句が聞こえたような気がした。
「…スモーカーは何だって?」
「船酔いする海兵はいらないって」
「あそう‥‥」
さすがにスモーカーに申し訳ない気持ちがよぎった。ここまで世間知らずの女は俺だって見たことがない。その女がいきなり海兵になって何が出来るというのだ。既にNavylandに所属しているのだから海軍にいるようなものだし、それで良いじゃないか。海軍に入りたいという意味を分かっているのか?
俯き頭をがしがしと掻くと、改めてリリの姿に視線を置いた。
「お前さん、海軍に入って何がしたいのよ」
「強くなりたい」
「入れば強くなれるってモンじゃねェのよ…お前みたいなのが入ったってついていけねェよ。訓練も厳しいし、万が一入れたとしても戦力外通告されたら結局内勤だぞ?」
リリは少し考えて小首を傾げる。
「クザン、海軍の中ではそんなに強いほうじゃなかったの?」
「はァ?!」
初めて言われたセリフに素っ頓狂な声が出た。
「スモーカーさんが、クザンは昼寝ばっかりしてたって言ってたから、その…内勤になったのかと思って」
若い頃から強固に鍛え上げ、腕っぷしは自慢の一つ。かつては最高戦力と言われたこともあるというのに、スモーカーの野郎余計な事を。
ここは一つ二つ俺の武勇伝を語ってくれてもいいところだろう。
「‥…いや、お前さんね。おれ、大将だったんだけど」
「大将って海軍で一番強いの?」
「大将だから一番ってワケではねェな。つーと、俺が二番て訳でもなくてだな‥‥身内で強さの順位なんか明確につけねぇから分からないけど、お前の百万倍は強いことは確かだ、いや一億万倍」
我ながらガキみたいな例えだと思う。だけど、この知識のないリリにどうやったら俺の強さを示せるのだろうか。いや、問題はそこじゃない。リリが身の程知らずという事を分からせたいだけなんだが、だからと言ってじゃあやってみろと飛び込ませるのにも程がある。可愛い子には旅をさせるのも限界があるぞ。
「じゃあ、私もクザンが持っているような強い悪魔の実を食べる!!クザンなら調達できるでしょ?!1個ちょうだい!!」
「リンゴ買うみたいに言ってくれるなよ…」
「じゃあどうすれば手に入るの?」
「あのなぁ、食えば誰でも強くなるってワケじゃねぇの」
「クザンの意地悪!!」
リリが足元に転がっていた剣を拾い上げ振りかぶる。
「自分はそんな強い能力持ってるからって!!」
「能力以前の問題だよ。お前の場合、基礎的な戦闘能力が皆無」
重い腰をあげて立ち上がる。長く息を吐くと、リリを見下ろした。小さなリリはいきり立っている。
「じゃあ、能力なしで私と勝負して!ハンデに私は能力使う」
「あらら‥‥お前さんなんか寝てたって勝てるっての」
指先で剣を弾くとリリは剣の重みによろめいた。すぐに体勢を持ち直しリリは剣先を向けようとした一瞬の隙に、リリの頭を片手で鷲掴みにした。
「ほら、ほら。よそ見してんじゃねぇよ」
リリは自分の体格の倍ほどあるクザンにどうやったって勝てる気がしなかった。現に、クザンの片手一つで身動きが取れない。もう片方はポケットに手を突っ込み、まるでボールを手に取っているように悠々としている。
「…!!!!た、体格差も大きいもん!!」
「関係ねぇよ。おまえ、ヒノキにも勝てねぇんじゃねぇの」
久しぶりに会ったヒノキは剣捌きがリリよりも早い。リリはチラリとヒノキを見た瞬間、リリが持っている剣を弾き飛ばした。
「ヒノキ‥すごい…」
ヒノキは二ッと笑った。
「ヒノキ坊ちゃま、お時間です」
「えぇー!もう?!」
「このような訓練になりもしない戯れ事を10分でも許可を与えた事に感謝して下さい。明日も忙しいのですから、もうおやすみ下さいまし」
「クザンにはこれから僕と勝負して貰おうと思ったのに…」
ヒノキは口を尖らせ渋々剣を置いた。
執事のヒイラギはカシに付きっ切りだったため、ヒノキには新しい執事が付いていた。ヒイラギよりも年の若いその執事は、ヒイラギよりも厳しく淡々と職務をこなしているように見えた。名残惜しそうにリリを見ると小さく手を振っている。
「じゃあリリ、またね」
あの我が儘で小さかったヒノキが少し見ない間に確実に成長していた。
「リリ、俺たちも部屋に行くぞ」
大きく伸びをすると、帰ってきた返事はそっけなかった。
「先に行ってて」
「まったく‥‥意固地になっちゃって」
リリが振りかざす剣の前に出て見せた。振りかぶろうとしていた剣を慌てて頭上で止めている。しゃがんでリリの顔を覗き込んだ。
「おまえ俺の事刺せる?」
「さ‥‥刺せるワケないじゃない…!」
「だったらソレ練習しても無駄だ」
「え、どうして…」
「お前が今持っているのは真剣じゃねェ上に、オレが自分の能力使えば刺さらねェって、お前だって分かってるだろ」
リリは剣を握り直し、口を結びぶと俯いた。
「じゃあ、ほれ。ここ目がけてやってみ」
そう言って、刃先を掴み心臓のある左胸を指す。刃先がクザンの服にめり込んだ。
「…!!」
刺すどころかリリは反対に自分の方へと剣を引いた。
「これで分かったろ、練習しても無駄。寝るぞ」
剣を奪い取ると、リリの腰を持ち肩に担ぎ上げる。
「きゃぁぁ!降ろしてよーーー!!」
手足をバタバタとさせ、クザンの背中をグーで叩くがビクともしない。どれだけ努力を重ねようがクザンに敵うことなんてまずない。リリもそんなことは分かっていた。
「あぁ、もう〜暴れなさんな…」
「強くなりたいのに…‥」
ポソリと呟いて、急に大人しくなったリリに安堵して息を吐く。
「なんでいきなりこんな事始めたわけ?どっかの海賊みてぇに、ワンピースを目指すとか言わねェだろうなァ」
「ワンピース?何それ、違うよ…」
「んじゃあ、なによ」
「‥‥みんな戦ってるのに、私だけ戦えないなんて…」
リリは悲し気に呟いた。
「…人には向き不向きがあるわけよ。お前さんはハッキリ言って戦闘には不向き。殺傷に躊躇しているのが丸分かりなんだよ。そんなんじゃ、すぐに足元見られる。自分を守れねぇどころか、自ら殺されに行くようなもんでしょうが」
ようやく部屋に着くとリリをベッドの上に降ろし、しゃがんでリリを見つめた。リリは固く口を結んでいた。
「そんなんで海兵になれるワケないでしょ。あんまりスモーカーを困らせんな」
「でも‥‥それじゃあクザンの事守れない‥‥もっと強くならなくちゃ‥‥」
悲しそうに口を歪ませ、今にも泣きそうな顔をするリリにクザンは本気で戸惑った。
「え‥っーと‥‥俺を守る気だったの…?」
リリは短くコクリと頷いた。
「‥‥そりゃ…、ありがとよ」
頭を掻いた後、リリの頭の上に手の平を乗せた。
「だけど、自分の身も守れねェ奴が他人なんか守れっこねェんだよ」
「‥‥」
「頼むから自己防衛に専念してちょうだいよ」
「私の能力は治癒能力だよ‥‥やられても自己治癒して死なない」
そう吐いたリリにクザンは厳しい口調で制した。
「能力を過信するな、人間である以上いつかは死ぬ」
思わず低い声できつく言ってしまったが、事実だ。
戦場に置いて、過信が一番危険なのだ。特にリリのような防衛型だと慢心が生まれる。
リリは俯き黙ったままだった。固く握っている拳が緩む気配はない。
このまま話をしていても、平行線だろう。
現実を知ったからと言って、自分の意思を曲げようとはしない。それも結構だが、無謀は身を滅ぼしかねない。飛び込もうとしている場所があまりにも危険すぎる。きっと、リリにはどれほどに危険なのか想像すら出来ていないのだと思う。バスターコールを受けた事のある人間に対してこう咎めるのも酷だが、海軍に入れば戦場は日常になる。時には、また失うことだってある。
「お前さん、勝手にインペルダウンに行ったこと忘れたワケじゃねェよな」
リリは戸惑った顔で見上げると、すぐに俯いた。
「ごめんなさい…」
謝罪して欲しい訳じゃなかった。だけどリリは申し訳なさそうに顔をベッドに伏せた。
リリが強くなりたいと焦る気持ちは分かる。かつて俺にもそういう時期があったから。
だけど、焦っても今日明日で強くなどなれやしない。
リリにはただ生きて、平凡に暮らしていて欲しいだけなのに。