COLORFUL WORLD


□第9章:Comes princess of Cyan
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ノースポール城内。

「う〜ん…しまったわ…ここは裏庭かしら」

イガラムに見つからないようにこっそり客室に戻ろうとしたのだが、これでは泥棒のように怪しい。ケープをかぶりこそこそと裏庭を歩き回る姿は、ノースポールの護衛に見つかったら取り押さえられてしまいそうだと思った。早く戻らないと、と足を踏み出すと、子供の声が耳に入り、咄嗟に廊下の柱に姿を隠した。これじゃあ益々怪しいじゃないと、自分に呆れながらその声の方へ目を向けると、金色の髪をした幼い男の子が剣を握って素振りをしていた。廊下の柱を相手に、熱心に剣を交わしている。よく見ると、カシ王子の弟のヒノキ王子であることに気付いた。

「一人かしら」

思わず独り言が漏れ、ヒノキ王子の素振りを眺めていると背後から廊下を歩く足音が近づき、柱の陰に更に身を隠した。幸い自分の姿は見られなかったようでホッと胸を撫でおろすと、突然、ヒノキ王子が大きく身を横に振り倒れそうになっているのが視界に飛び込んだ。咄嗟に手を差し伸べヒノキ王子を抱きとめる。
背後から近づいた男が作為的にヒノキ王子を突き飛ばしていたのが分かり、思わず声を荒げた。

「何をするのです!!」

突き飛ばしたと思われる、華奢な青年は振り返った。青白い陶器のような肌にガラスのような冷たい目から視線だけが一直線に注がれる。顔の角度も変えずに視線だけで全身を観察された。あまりにも人形のような温度のない表情に思わず硬直する。しかし、よく見るとそれは、最近新聞でよく見かける顔だった。

「カ、カシ王子!いえ、カシ王。大変失礼いたしました」

よく新聞で目にするカシ王子の表情と対照的で、本人だと気付くまでに時間がかかった。慌ててケープを外し、深くお辞儀を向ける。まさか、これから国王になるカシ王子が弟のヒノキ王子を突き飛ばしたとは思いもしなかった。冷やりと背に汗が流れた。

「‥‥あなたは?」

「ア…」

名乗ろうとしたその時、背後から廊下を足早に歩く音が聞こえ思わず振り返った。メイドと思われる中年の女性二人が息を切らしカシ王子に話かけた。

「お話し中申し訳ありません。お急ぎください、カシ様!!」

カシ王子はこちらを一瞥すると、強制的に引きずられるように、廊下の奥に足早に消えて行った。一瞬の出来事に、消えて行った痕をぽかんと眺めた。
よく新聞で目にしていた面持ちとは違い、とても冷ややかな表情に驚いたというのが率直な感想だった。ふんわりと笑顔で微笑むカシ王子。それが、誰もが想像するだろうノースポールのカシ王子だったから。

彼とは幼い頃に会ったことがあると言う。お互い早くに母を亡くし、立場も同じで歳も近い。今のカシの立場を思うと胸が苦しくなった。突然、父親を亡くし王座に就くことになるなんて心細いことだろう。
顔色がずいぶんと悪く、写真で見るよりもずいぶんとほっそりとしていた。国王様が亡くなられてから今までロクに休めていないのかもしれない。突然逝ってしまったのだから、城内でも大騒ぎなのだろう。今は悲しむ余裕などきっとないに違いない。
父である国王がいて、安寧のある現状を今さらながら痛切に感じた。

呆然としていると手の中に小さく収まっていたヒノキ王子が澄んだ瞳でこちらを見上げ、体勢を整えた。

「ごめんなさい。僕の兄さまが‥‥」

「ううん、この騒ぎですもの気が立っていらっしゃるのね」

乱れたシャツの襟を正してあげると、ヒノキ王子は柔らかく微笑んだ。笑顔がカシ王子と瓜二つだった。




どこかで見たことのある、澄んだ水色の髪だった。
声を荒げたのはヒノキに対しての優しさからだろう。だが、僕の顔を見てすぐに態度を改め直し詫びた。おそらく、僕とそんなに歳の頃は変わらない。機転の良さから、その習慣が身についているのだろうと思った。外交を大切にするなんて、どこかの国の王女だろうか。

分厚い衣装を体に設えられながら、その隣では爺が今日のスケジュールを読み上げている。分刻みのスケジュールに、とうとうこの日が来たのかとやりきれない気持ちになった。
まだ心の準備も何も出来ていないと言うのに。
だからこそ、呑気に素振りをしているヒノキが心底疎ましかった。

「ねぇ爺、水色の髪をした王女って誰かいた?」

「アラバスタ王国の王女、ビビ様でございますね」

「‥‥あぁ、あのアラバスタ」

アラバスタ王国は民が国王と王女を慕っているとよく噂に聞く。国が発展していれば、民は自然と敬愛してくれるものだと思っていた。豊かさで言ったら断然アラバスタ王国よりノースポールの方が上なのに、民に愛されている実感は沸かない。この違いは何だろう。
嫉妬と羨望が混ざり合った感情が沸き、静かに目を閉じ、気付かれないように深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。宝石が散りばめられたマントを肩に乗せられると、重圧がのしかかって吐きそうになった。



ヒノキ王子に客室の所在を訪ねると屈託のない笑顔で教えてくれた。自分は自室に戻らないといけないから案内出来ないことを謝罪されながら。そうして、ヒノキ王子は足早に廊下の奥へ消えて行った。
ずいぶんと兄弟でも性格が違うものだなと思った。私には兄弟がいないので少しだけ羨ましかった。困難な状況でも、きっと兄弟がいれば心強いに違いない。今は幼いヒノキ王子だって、大きくなればきっとカシ王子を支える存在になれるだろう。

ヒノキ王子が消えていった廊下をぼんやりと眺めていると、上空から旋回していたペルが降りて来て、人間体の姿でずいと視界に割り込んだ。

「…何度も言っておりますが、私の目を盗んで勝手な行動はしないで下さい。どこにいても空から監視出来ることをお忘れなく」

「ごめんなさい、ペル。心配かけたくなくて…」

ペルは呆れたように首を振った。

「勝手な行動された方が心配です」

「そうよね。ちょっとだけ町が見てみたくて…外はお祭り騒ぎだし、言ったらイガラムに反対されると思って」

「私はいつだってビビ様の味方を致しますよ」

「ふふ、ありがとう」

くるりとペルの方へ振り返ると満面の笑みを向けた。

「帰国前にまた町で買い物をしてから帰りたいのだけど、一緒にイガラムを説得してね!」

「仕方のない王女ですねぇ」

ペルは呆れながらも笑顔で答えた。私には兄弟同然のペルやチャカ、コーザがいる。実の兄弟を羨ましがる必要なんて全くない事だと気付き、ペルの腕に飛びついた。ペルは不思議そうな顔で口元に笑みを浮かべた。
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