COLORFUL WORLD
□第8章:White chase
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いつまでも甘んじるわけにはいかないと自立したつもりになっていたが、結局はクザンに頼りきり。それは紛れもなく事実だ。分かったようなつもりでいても、いつも分かっていないのは私の方。グッと手を握り締める。クザンから溢れ出る重たい空気に押しつぶされそうになっている場合じゃない。
クザンのロングコートをツンツンと引っ張ると、ポケットに手を入れていたクザンは手を出すと私の手首を掴んだ。
いつも不思議なのだが、纏う空気は冷たくてもクザンの手は暖かい。
「無茶はしないって約束しただろうが。インペルダウンはお前みたいな奴が行く所じゃねェ」
手首をぐいと引っ張られ持ち上げられそうに引き寄せられる。歪んだ眉根に深い皺が出来ている。
「ケープ被ってたし、殆ど見られてないから大丈夫だと思ってたんだけど‥‥」
クザンは見下ろしながら、さらに私の手首を強く握った。
「姿を隠しても無駄だ。存在を示しちまったんだからな」
「‥‥」
何も言えなかった。クザンの事を守れないどころか、いつも逆に心配をかけてしまう。
この世界でクザンに心配かけないくらい強くなりたい。そう思っているのに裏目に出てしまう。結局、ワインだってもう造れない。
「お前みてェなのを、身の程知らずっていうんだ。無法者の極悪な海賊共を相手にするのが、どれほど危険なことなのか、まるで分かってねェ」
「そ、それは、反省してる‥‥でも、彼らだって更生するかもしれないし‥‥」
「人なんてそう変われるモンじゃねぇ。自分の事しか考えてねぇ奴等だ、人を傷つける事に躊躇なんてねェんだよ」
「‥‥ワインも造れると思ったの」
ポツリと呟くように言ったリリに、クザンは言葉を詰まらせ視線を少し逸らした。
「お前が一生懸命になっているのに、こんな事言いたくねぇが、お前はテゾーロに転がされてるだけだ」
唇をきゅっと噛み締めたリリの瞳は揺らいでいる。
「それでも良いと思ってた、故郷のワインだから‥‥。でも、もう…どのみち作れないけど…」
「なら、これ以上お前をここに置いておく理由はねェな」
「ちょっと待ってクザン!今クザンと一緒に行くワケには…」
抵抗を見せたリリにクザンの眉間の皺は深くなった。
「舌の根も乾かねェうちに、また勝手に首突っ込んどいてまだそんなこと言う気か。お前一人守るくらい容易いことだって、言ってんでしょうが。大人しく守られてなさいよ」
暖かいクザンの手が、冷たくなっていった。ひんやりと冷たい空気がクザンの体躯から漂う。掴まれた腕からは薄っすらと蒸気が立ち上り、皮膚が凍てつく痛みを覚える。
「お前がこれ以上、好き放題する気なら‥」
ジリジリと凍る感覚が右腕から伝わり、リリは寒気が全身に回った。
「クザンだって、何も分かってないよ」
拳をグッと握りしめたリリは俯いた。
「何を分かってねェって‥‥?」
右腕に氷が張り付いた。徐々に皮膚に張り付く霜を見つめる。皮膚の感覚がなくなっていった。
「確かに分かってねェかもしれねェよ‥‥。俺ァ、愛ってのがどういう事のかも分からなくなっちまった」
呟いたクザンはリリの腕を強く握った。本気でこのまま凍らされるのだろうと思ったのだが、クザンの手は徐々にいつもの暖かい手に戻っていった。初めて見た。悲しそうな、戸惑ったような、そんな顔。
二人はしばらく沈黙していた。クザンのコートの内ポケットから電伝虫がクザンを呼ぶ声が聞こえた。
「‥‥鳴ってるよ」
リリに言われてクザンは面倒臭そうに内ポケットに手を突っ込むと電伝虫を取り出した。クザンは電伝虫の表情を見て眉頭を上げた。
「あ〜、ヒノキんとこの爺さんか」
「ご無沙汰しております、クザン殿。こちらノースポール王国、執事のヒイラギでございます。ご自宅へ伺ったのですがお留守でしたので」
「あぁ、しばらく出てるのよ」
「そうでしたか。では早速、用件を手短に申し上げます。実は先日、国王様がお亡くなりになられまして‥‥この度、カシお坊ちゃまが国王に即位される事となりました」
「あらら‥‥そりゃまた、大変なこった」
「え‥‥カシが、王様?!」
「はい。つきましては、お二人に、王位継承の儀に参加して頂きたいとの事で、カシお坊ちゃまから仰せつかっております」
「いや‥‥」
正直今はそれどころではない。無論クザンが断ろうとすると、リリが電伝虫に顔を近づけ即答した。
「もちろん、行きます!!」
リリは心配そうな顔をしてクザンを見上げた。
「お前ェは‥‥本当、懲りねェなァ‥‥」
クザンは大きく溜め息を吐くと、晴天の青空にそぐわない氷の結晶がキラキラとリリの頭上に舞った。