COLORFUL WORLD


□第2章:Shocking Pink
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「あなた、この町で一人なの?ここの町は焼かれてしまったの?」

ぼんやりする頭の中で、どこからか聞こえた。
燻る煙の匂いで頭が麻痺しているのか。ここはもう焼け焦げて何もない筈なのに。残されたのは、焦土が限りなく視界を埋め尽くす悲劇の後。もう何日も経つのに、未だに鬱屈させるグレイの空。硝煙の匂いに混ざり合った葡萄の香り。そして、意味もない私の意識。
この島に誰かが残っていたなんて。

視界が定まらない状態で、目を開けて声のする方に目を向ける。猫だ。猫でも生きていた子がいたんだ。

そっと手を差し伸べ、毛並みに触れると気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。

「ねぇ、これ、飲んで。水見つけたから。」

猫がしゃべっている。
何日も飲まず食わずだと、こんな幻聴と幻覚に見舞われるのか。喉が渇いたという感覚さえ失っていたが、ヒリついた喉元はその潤いを渇望していたので、口につけた。
水分はするすると体内に流れていき、ぼんやりとしていた脳内の意識がはっきりしてきたのが分かった。

「ありがとう…。猫ちゃん…」

猫はペロリと前足を舐め、目を細くした。

「ここにはもう、誰もいないみたいね。」

「うん…。海軍の人たちが…いきなり大砲撃ってきて…気付いた時にはもう誰も…家族も近所の人たちも…みんな。」

「そうだったの…。あなたは、一命を取り留めたのね。」

猫が近くに来ると、私の手の甲に顔を摺り寄せてくる。

「自分だけ生き延びても、辛過ぎる…。いっそ死んでしまった方が楽だった」

自分が猫と話しているという現状を忘れていた。久しぶりに誰かと話せた事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。

「私も、かつて、死に掛けた事があったの。でも、ご主人様が拾ってくれた。温かい手に触れられると、生きる希望になったの。私もあなたに生きる希望を与える。だから、私を信じて着いてきて欲しい。」

猫は真剣な眼差しで、私に訴えてきた。
考えられる余裕などなかったし、正直もう、どうでも良かった。

この猫が死へと連れて行ってくれるなら、本望だと思った。
でも、少しだけ…、希望が欲しかったのかもしれない。

「私の名前はリリって言うの。あなたの名は?」

「私は…サクロ」

サクロ…?私の名前がリリじゃなかったっけ……あれ…?
リリ…あぁ、低い男の声が私を呼ぶ。甘くて、くすぐったい声。大好きな、声。


「うぅ〜〜〜ん…くざぁん…ん…」

「テメェ、良いご身分だなァ」

聞き覚えのある声とは違い、ドスの利いた声に驚いて目を開ける。そこにはサングラスをかけた金髪の男がいた。

その男のシャツをガッチリと掴みこんでる私の手。

「いゃぁぁあああ!!!」

「朝から俺の顔見て叫ぶとは良い度胸してんじゃねェか…。テメェに叫ばれる筋合いはねェ」

「あ、そうだよね。ごめんなさい…」

「それとも、俺を誘ってんのかァ?フフフフ!!!」

私が寝ていたベッドに馬乗りになり、顔を寄せてくる。

「…え、何を?つい、昔の夢見て、寝ぼけちゃった…」

恥ずかしくなってつい顔を逸らす。

「顔赤らめる暇があったら、早く起きろ。一体いつまで寝てんだよ、ったく…昨日も俺の腕の中でグースカ眠りこけやがって……!」

「あ!!思い出した!!昨日、あなたがいきなり飛ばすから、気を失っちゃったんだった…」

昨夜、夜空を高速で舞った事を思い出し、恐ろしさに寒気がした。
ドフラミンゴは、つまらなそうに視線をずらし、ベッドから降りる。

「貧弱だな、テメェは。何の役にも立たなさそうだ。あ〜あ…面倒クセぇ物引き受けちまったモンだ…」

「あんな速度出されて気を失わない人間はいません!」

プイと顔を逸らすと、金髪の頭は即座に振り返り、細長い指でサクロの顎を掴んだ。

「テメェ…昨日と言い、誰に向かって口きいてんだァ…?弱ぇークセに生意気な事言うんじゃねェよ…!!」

「確かに、あなたはとても強そうだね。これってどーゆう能力なの?」

目では何も見えないのに、操り人形のようにサクロの体を無理やり起き上がらせ、その身を男が引き寄せた。何かで首が絞められる感覚がする。

「んぅ…う…っ」

「俺は糸を自由自在に操れる。テメェを殺す事なんて朝飯前だ。分かるよな?」

「…っ苦しい…若…」

ドフラミンゴはジッとサクロの目を見つめた。
次第に目に涙が溜まっていき、しっとりとした瞳を向ける。透き通る瞳は真っ直ぐ自分の目を捉えている。
サングラスをかけているはずなのに、まるで何もかけていないかのように見つめあい、黄金色の瞳は全く視線を逸らさない事に驚いた。
視点を決して見せない、深い色のサングラスはまるで意味を成していない。


「……ただ、弱ぇやつでもなさそうだな。おもしれぇ…フフ」

そういうと、首を締めていたものは解け、ようやく酸素を充分に取り込めるようになった。

「ハァハァハァ…なんで、すぐ怒るの…」

「アァァ?テメェ本当に凝りねぇやつだな…いっぺん殺されねぇとわからねェのか」

「いや!!充分分かりました!!もう口答えしません!!」

「フン、わかりゃいいんだよ。わかりゃあ」

若は本当に危険な人だ。もう大人しくしておこう。

崩れかけていた体勢を整えると、深呼吸をして白々しい口調で言葉にする。

「若、先ほどは失礼な態度を取って申し訳ありませんでした。力では何もお役に立てないかと思いますが、宮殿内ではお役に立てる事もあるかと」

「…フッフッフ!!随分な変わりようだな。最初ッからそうしてりゃ良いんだ。
テメェが役に立てると思うことを言ってみろ」

どうやら、若はこういう態度だったらご機嫌になるらしい。心の中で、ふぅんなるほど、と曖昧に納得しながら、続けた。

「家業が酒蔵だったので、お酒関係なら任せて頂けるとおもいます。あとは、炊事洗濯、家事全般」

「そういや、酒関係に精通してる奴が抜けちまって、今夜の会食に出す酒が決まってないと言っていたな。今夜の酒はお前が選んでみろ。調理場行ってから必要な事聞いて、酒屋に調達しに行け」

ドフラミンゴは自分が話したかった用件を終えた様子で、満足気に笑みを浮かべた。
早々に部屋を出て行こうとする姿を引きとめた。

「分かりました。私からも一つ、お願いがあるのですが」

ドフラミンゴは振り返る。

「…あァ?」

「猫ちゃんの事は忘れてください。」

サクロは真っ直ぐドフラミンゴを見つめた。
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