COLORFUL WORLD


□第1章:Sweet Blue
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心地の良い小波が近くで聞こえる。
嗅いだことの無い、甘美な匂いが滴る。
くすぐったさを感じた。何本もの細くて長いものが揺れ、それらは自分の髪の毛なのだと知る。

風によってふわりふわりと、頬をくすぐられ、次第に緩んでいた意識が覚醒してゆく。
重い瞼が少しずつ睫毛を揺らし、脆く美しい世界を見せていく。

目を開くとその先には、木目調のダイニングチェアとテーブルが置かれている。ベージュの薄汚れた壁紙。丸太で組み込まれた天井。生活感がないキッチン。
全く動きのない景色に、ふわりと白く薄いレースのカーテンが揺れ、それらは静止画でないと知る。

少しだけ開いている窓の隙間から風が通り、気持ち良さそうにカーテンが揺らめく。何かを奏でているみたいに。
呆っと揺らめくカーテンを見ていた。
どの位見ていただろう、時間の感覚がまるでない。
何も考えられない頭でひたすら蠢くカーテンだけに視線を向けていたら、頭の方からギィと何かが開く音がした。

「目、覚めたか。」

どこかで聞き覚えのある、耳の奥に甘さが留まる、鼻にかかった低い男の声。
声が徐々に近づき、コツコツと靴を鳴らしながら、こちらにやってくる。

男が現れると、空気が変わったのが分かった。
冷気を帯びる清涼の風がヒヤリと顔を掠める。

目に付いた男は、ゴツゴツとした筋肉質の肉体にかなりの長身。肩にかからない程の黒々としたカールヘアで帽子を被っている。まん丸のサングラスをしていて、その向こうにある筈の瞳は全く姿を見せてはくれなかった。

「そんな顔で俺の事見なさんな・・・。取って食いやしねぇから。」

そう言われた瞬間、自分が恐ろしいものでも見てしまったような顔をしていたのだと気付く。

「あ・・・ご、ごめんなさい・・」
「お、言語は通じるな。体は平気か?」

言語が通じる?
体は平気?
そうだ、私はこの男が何者なのかよりもその前に、一体自分が誰なのかも分からない。

やけに大きくて弾力のあるマットレスから身を起こし、肩まで掛けられていたアイボリーの毛布を剥がす。
おそるおそる、自分の足で立ち上がると、ぐにゃりと歪んだ。自分の足が歪んだのか、視界が歪んだのかさえ分からなかった。
「おおっと」
男は倒れるのを見据えていたかのように、片手で私の体を支える。

その男の腕に触れると、私の体は熱を帯び、心臓がドクンと音を立てるのが分かった。涼やかな空気を醸し出すこの男の腕からは想像も出来ないほど、温かい。

「あらら、まだ大丈夫じゃねぇな。横になってなさいよ。」

男は私をひょいと抱きかかえると、またベッドに寝かせた。言われるがままに横になっていると、男は左側の口角を上げて微笑む。
このクセのある話し方の男を、私はずっと前から知っているような気がする。
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