短編集
□☆ 熱に浮かされて
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...上司が、体調を崩した。
いつも頭に響くくらいの声量で、徹夜三日くらいしても五月蝿くて、殺しても死なないような上司が、だ。
確かに最近仕事は立て込んでいて、上司の目元に濃い隈が出来たのは知っていたが。
会社を休むなんて、まさか思っていなかったのだ。
だからかもしれない。
見舞いに行こうか、なんて思ったのは。
...............
「おい佐藤。今日、風邪で斉藤主任休みらしいぞ」
同期の羽山が言う。その表情は明るい。
「嘘言うな、台風来ても会社に来るような奴だぞ?休む訳あるか、せいぜい遅刻だろ」
佐藤が呆れ顔でそう言うと、羽山は、
「いやいや、これは本当なんだよ」
妙な顔付きになり、佐藤の肩を寄せ、耳に手を当て喋る。
「今朝課長が電話してるの立ち聞きした」
「要は盗み聞きだろ...」
羽山はいかにも心外そうに肩をいからせるとため息をついた。
「でも意外だよなぁ、主任休んだの」
佐藤は形だけ羽山に同意した。
「あぁ、そうだな」
佐藤は嘘をついた。知っていた。主任である斉藤が、最近無理をしながら仕事をしていた事を。
うわの空で話を聞いていた事がバレたのか、羽山はお前も無理すんなよ、と声をかけ仕事に戻って行った。
...幸いにも立て込んでいる仕事はない。
見舞いには何がいいか、その日佐藤はそればかり考えていた。