短編集

□蛍
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真っ暗な中に蛍が飛んでいた。

ぽつりぽつりと淡い黄緑が、ゆっくりと点滅しながら水辺を照らしていた。

私は何も考えずにそれを見ていた。

蛙や、コオロギなどの鳴く声が響いている。

水辺だというのに涼しさは無く蒸し暑く、じっとりとシャツが重くなり不快だ。

じゃり、じゃり、と背後から音がする。振り返ると友人が、提灯を持って手を振っている。

どうしたんだ、と聞くとこう言う。

「蛍が飛んでいるね、君」

こちらへおいでよ、と友人が手を振る。
私は友人に何も言えなかった。
漂う複数の黄緑と一つの朱色が交じる。
その、暗闇には少し心許ない灯りを受けて浮かび上がる友人は、私の知っているものとは少し違って見える。
私の友人は良く言えば素直、悪く言えば馬鹿といえる、単純で明快な人物だ。
それがどうだ、今私の目の前にいる彼は不敵に微笑みギラリとした目を私に向ける。
本当に私の友人なのか。
何故か底知れぬ恐怖が背筋を駆け巡った。
彼のギラリとした目に思わず後ずさりすると、彼が一歩距離を詰めた。
じゃり、と音がする。後ろでは川が緩やかにながれているんだろう。
そのまま少しの間動けなかったが、蛙でも飛び込んだのか
ぽちゃん、と音がしたのをきっかけに、私はやっと我にかえった。
「蛍も見れたことだ、もう帰らないか」
たらりと首筋を汗がつたった。
私の歪んだ笑顔は、友人に見えてしまっているのだろうか。それでも私はいつものような友人の反応を狂おしいほどに欲していた。

友人は俯き、何も言わない。私に手を伸ばす。
提灯が落ちて消えた。

暗闇はついに蛍の灯りだけになり、友人の表情はまったく窺えない。

頬から首筋を指でなぞられ思わず身震いすると、友人は私を地面に押し倒した。
幸いなのかなんなのか、倒された先は草のある場所で、背中が悲惨なことにはならなかった。
押し返して逃れようとしても、明らかに体格の勝っている友人に肩を押さえつけられ足の間に腰をねじ込まれては何も出来ない。

「悪ふざけにしては度が過ぎるんじゃないか」

悪ふざけという一言で片付けられるものではないと分かってはいた。
彼の両手が私の首にかけられて、じわりじわりと力が増していく。

「お前が生きてさえいなければよかったんだ」

首に水滴がぽつりと落ちてきた。

それはにわかに降り始めた雨だったのか、涙だったのかは私には永遠に分からない。



私はその時死んだ。



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