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□どうにもならぬが愛している
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 言葉の暴力を、毎日のように浴びせていた。それでもクソ松は困ったように眉を下げて笑うだけだったし、ふと目が合えば微笑んでもくれる。にいさんごめんなさいと媚びた声でめそめそ泣きながら謝れば、どんなことをしてしまっても許してくれたから、ずっとこのままの関係でいるのだと思っていた。もちろん本心じゃそんないびつなものは望んでいなくて、何人抱いた抱かれたと詰り、体の自由を奪って無理矢理にでもブチ込みたいと何度も舌打ちをしている。それをしないのは、こんな、蔑まれても笑っているようなどうしようもないやつでも、愛しているからだろう。
 だがカラ松の前では、「愛している」や「好き」なんてそんな言葉は数ある博愛の一部でしかないのだ。なのでカラ松は平然と愛してる好きだと八方美人もいいところなセリフを言ってしまう。それを気に食わない者からは当然痛いだの淫乱だのビッチだのキモいだの指をさされていた。しかし悲しいことに世界中が自分を愛していると信じて疑わないカラ松は、構って欲しいのだな、などと超次元な勘違いをしポジティブを身に満たし行動に起こし始める。そういった奴に近づいては、コイツはもう話が通じないと諦めさせていくか恋愛的にオとすかだ。カラ松を嫌う人間なんて見たことがない。カラ松に興味を無くして去るか、興味を持ち泥沼になっていく奴のどちらか一方だった。俺はそれがとても気に入らなかったし、そんな気を持たせていくクソ松も持っていく奴もそしてカラ松を独占したくてわめく俺もすべて忌々しい。カラ松なんて大嫌いだった。
 自信があってカッコつけたがりの見栄っ張りな男が嫌いで、それと同じく恋に情熱的で人の心に土足で踏み込んでくるような引き際を弁えない女も嫌いだ。俺の求めた理想はただ黙って隣に座り沈黙で愛を育める静かな存在だった。なのに、それにカラ松は全く当てはまらないどころか、真逆の存在だってのに、そんな兄を、俺は愛してしまったのだ。悲しいことに。俺もまんまとオとされてしまったわけである。
 そう自分自身が何より許せなかったし大嫌いだったのだ。イラついた。我慢が限界に近くなっていった。セックスでもなんでもすれば歪んだ考えも何もかも治まるだろうと思っていたが、そんなことは、もうどうでもよくなっている。おれは、カラ松が嫌いだ。



 よしよしかわいそうにと頭を撫でてあげた。兄さんと逆転したみたいと渇いた脳の奥が笑う。撫でたあとはそのままカラ松の顔に親愛のキスを送ってやって、後ろから抱き込んでやった。カラ松はぶんぶんと青白くなった顔を左右にふり、唇をまるで金魚が餌を乞うようにぱくぱくと動かしている。うんうん。痛いね、怖いね、ごめんね。そしてまた頬に触れるだけのキスをする。自分の脳が正常に動けていないことはもう自覚していた。

「大丈夫、だいじょうぶだからね、赤ちゃんよりは小さいから、大丈夫。ね、俺がいるよ」

 別に交わることにこだわっていたわけじゃない。非生殖的な行為で子どもが産まれるわけでもないし、もしも産まれたとしてもカラ松そっくりでカラ松の分身のような存在じゃなければきっと愛すこともできないだろう。俺やどこかの女の血でも入ってみろ、そいつが産声を上げることもなく殺してやれる自信がある。とどのつまりカラ松しか俺には必要なかった。それぐらい愛しているわけで、愛していたわけで、なので僕は不満なんてあるはずなかったのに。

 関係は変わらないと思っていた。何度も執拗にセックスを思ったのは他の奴らと俺は違うと、兄弟の俺は違うと思って欲しかったからだ。そこにはカラ松がいつも望んでいる素晴らしき兄弟愛とやらの絆しかない。ので、そこに、性欲を伴ったそれはただのオマケだった。オマケだったのだ。終わってからこんな関係でもなくなってしまうと寂しいんだなと泣き虫な兄など俺の夢みた兄ではないので目を瞑る。だがすべて俺が悪く、カラ松のせいなので、仕方ないと思った。

 嫌だ助けてくれ離せと昔駄々をこねていた弟のようにぐずるカラ松をしかるみたいに叩いて、俺は行為を続ける。どれだけ痛いのかはよくわからなかったが、脂汗を額に浮かせ、ひっ と喉から短い悲鳴をこぼし、痛いとしか言わなくなったカラ松を見る限り、相当だったのだろう。かわいそうに。それでもまだ自業自得だと気づけないばかなカラ松を、俺はまた嫌いだと思ったし愛しいとも思った。昔貰った大切なかわいい猫のぬいぐるみを大事にするような愛しさが身体に満ちている。それでもやっぱり大事なだいじなぬいぐるみは知らぬ間にどこかへいってしまったので(誰かが持って行ったのか、捨ててしまったのか)、ぬいぐるみより愛しかったカラ松は嫌いだと思った。

「カラ松はいつもいたいいたいって言われてるのに本人が痛いって言うなんておかしいね、ヘンだよ、そういうところ治しなっていつも言ってあげてるじゃん、カラ松は本当にダメでいたくてどうしようもないね」
「ずっとぬいぐるみとは違って大事にするけど、愛してるわけじゃないんだよ。でも好きだからね、すきだからね、愛してあげるね。嫌いだけど大事にするからね……」

 考えてみれば、とっくの昔にカラ松に純粋な好意を抱いていた自分はどこで間違ったか破水したのだ。カラ松が好きで、憧れてて、尊敬していた俺は、悲しいことに何年も時を重ね流産していた。元から必要とされなかったそれは、埋葬もされず、墓も出来ず、カラ松から墓参りも来なかったので、それは土から這い上がってきて、カラ松に生まれてくることさえ出来ず死んだ怨みを晴らすため、憎悪を込めた言葉を吐き捨てていく。
 それはただの暴力だと俺を怒鳴ったおそ松兄さんがまた僕を睨んでいるような気がした。今でもあの底冷えするような恐ろしい声は耳に残っている。やめろ糞野郎ぜってーブッ殺してやるからな。わかってるんだよおそ松兄さん。俺だって誰よりも殺されたいって願ってた。でも俺の思考は少しおかしくなってしまったのだ。他でもないカラ松のせいで。愛してるのに大嫌いなんだから、もうわからない。愛とか好きとか嫌いとか、出来損ないでいらない俺は、もう理解しようとも思わなくなっていた。

「俺を孕んでよ、ねえ」

 痣だらけの腹にてのひらで触れる。びくりとカラ松の肩が揺れた。大丈夫、もう殴ったりなんかもうしないから。赤ちゃんが産まれてくるからね、カラ松を好いている僕が産まれるからね。今度は殺さないからちゃんと大きな産声をあげて、その世界に存在を認められる。そうすればその赤ちゃんは俺が食べて、そうすれば今度は、カラ松を愛する俺が生まれるわけで、幸せになれる。確信があった。今、カラ松とセックスしているのは、そんな感情からだ。

「俺のこと好き?」
「……す き、」
「そう。僕 はカラ松を愛してるよ」

 カラ松が好きだった俺ならば、ちゃんとカラ松のなかで再生できるはずだ。一度失敗してしまったとしても、それは終わりじゃない、から、きっと、何度でも、カラ松を愛する俺が、産まれてくる。死んでも、産まれてくるのだ。きっと、きっと……。




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