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□恋に手を振る
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もしも俺が、松野一松じゃなかったとしたら、きっとカラ松のことをこんなに想うことも無かっただろう。たとえ想っていたとしても、もっとマシな結果になっていたかもしれない。泣きたいほど辛いのに、やっぱり一松として生まれてきて良かったと思えていた。
兄弟に抱くなんて思えない、神に背いた積年の想いをカラ松は黙って聞いていた。俺は子どもの頃に戻ったようにただ泣きながら、必死にカラ松に愛を伝えた。ごめん、ごめんカラ松兄さんごめん、好きなんだ、ごめんなさい、ごめんなさい、ずっと好きなんだ、ごめん。あえて兄さんなんて付けて呼んだのは、本人から否定を貰いたかったからかもしれない。自分たちは兄弟だ間違ってるといっそ罵り、勘違いだと怒鳴って欲しかった。だが俺の愛したカラ松はただ瞳を閉じて、ああ、と短く呟く。その声はどこまでも、兄弟としてのものだった。それだけでもう、彼の答えは分かっていた。
「カラ松の返事はわかってる、でもひとことだけ言わせて」
カラ松は瞳を開けて、またゆっくりと頷く。黒い目には涙が滲んでいた。似ている。似ている。六つ子なんだから当然だ。だめでグズな俺よりもずっと立派で、それは兄の顔だった。こんなことを告げるのは、カラ松と添い遂げたいと縋ることが目的ではない。ただ伝えたいだけだった。昔と変わらず空っぽのくせして優しい目は、俺をただ見つめている。
「好きだ。ずっと好きだった」
母さんには何度も心のなかで謝って、唯一僕の気持ちに気づき絶対に言うなと兄弟愛ゆえに優しく怒ったおそ松兄さんにも謝った。出来損ないのクズな頭で悩んで悩み抜いて、結果予想通り叶うことはなかったが、それでもカラ松を好きでよかった。幸せにしてやりたいと、なってほしいと思っていたから、これでいい。
俺の声を言葉を聞いたいつもは自信満々でカッコつけなカラ松は、涙に濡れた目をやわく細める。そうだ、昔から、こういう優しさを感じる仕草のひとつひとつが好きで、結構俺は幼い頃からコイツのことが好きだったんだなあとまた泣きそうだった。
「……おそらく、これからオレのことをそんな風に思ってくれる奴は現れないだろう」
強くも柔らかな返事のひとつひとつが身体に染みていって、心臓がカラ松の声で染まっていく。これが愛しいという感情なんだろうかと、満たされた気分でおれはとうとう涙を流した。
「お前の想いに答えられないのが情けないし、悔しいよ」
自嘲的な笑みを浮かべたカラ松を見て、俺もたまらず泣きながら笑った。本当にそう思っているのだろう。そんなカラ松がいっそ悲しいほど嬉しかった。
「ありがとう、一松」
そう言って、カラ松は俺を抱きしめる。よしよしと弟を慰めるように頭まで撫でた。クソ松が偉くなったものだ。でも、それでも少し寂しくて、俺はカラ松を抱きしめ返した。
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